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「これから、よろしくな。雅通」
「よろしく・・・・って?」
「いろいろと」
含みのある言い方に、なぜだか背筋が震えた。
「あの・・・・さ」
「ん?」
「俺、ノーマルなんですけど・・・・」
ナンパだと断言したこの男。
場所が場所だけに、やっぱりそういう意味なんだろう。
それならべつに男に興味ない自分なんか相手にしないほうがいいと思うんだけど。
それでも男はあっけらかんと答えた。
「知ってるよ」
「じゃあ・・・・」
さっさと他を探したほうがいい。
お世辞抜きで、店の中にいた他の男より、この男は数段イイ男だ。
その手の男に声をかければ、相手なんてすぐに見つかるだろうし。
そういいかけたとき、男は困ったように笑った。
「俺もノンケは対象外だったんだけど、しょうがないよな」
「え?」
「おまえのこと、一目見て、気に入っちゃったから」
「・・・・」
眩しそうに眼を細める男を見て、心臓がドキンと音をたてた。
なんてこった。
非常にマズイこの状況。
恋愛対象が女のみだったはずのこの自分が、男に見惚れるって、マズイんじゃないか?
煩くなる心臓を押さえて、どうしようもなく、この場から逃げ出したい心境に駆られた。
ヤバイ、ヤバイと思う。
堪らず一歩後退しかけたとき、男が掴んでいた手に力を込めた。
「・・・・とゆーわけだから」
「え?う、わ・・・・ッ!」
不意に引き寄せられ、狙ったように掠める唇。
なにが起こったかわからなくて、呆然とした自分の耳元に、吐息がかかる。
「これからよろしくな」
囁かれる言葉と、間近にある男のやわらかい笑顔に、心臓が跳ねた。
いわゆる、あれだ。
これはとてつもなくヤバイ状況で。
頭の中には、ありとあらゆる疑問が浮かんできて。
なんで自分はこんな男に気に入られてしまったのかとか。
この男の携帯番号が登録されたフォルダ名が、なんで「恋人予定」というふざけた名前になっているのかとか。
フリーズした自分の手を引いて、うきうきと歩く男の向かってる先がどこなのか、とか・・・・。
教訓。
危険なアソビには手を出さないほうが身のため。
いまさらながらそんな言葉を思い出して、ちょっと後悔。
眼の前の男の後ろ姿を見て、なんていうか、この先が、とてつもなく思いやられるような、そんな気がした。
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