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「なあ」
不意に声をかけられて、顔を上げた。
少しこちらに乗り出してきた男の顔が妙に近くて、おもわず身を引いた。
男はそんなことには気にも留めずに、そのまま口を開いた。
「このあとの予定は?」
「は?」
「だから、ここ出たあと、どっかいくのかってこと」
「いや、帰るだけだけど・・・・」
この店で二軒目。
財布の中身を見ても、三軒目はつらいだろう。
所詮は貧乏学生だしな。
男の顔を押し退けたいけどそれができなくて、ちょっと困る。
しかし男はそんなことはどうでもいいのか、なぜかうれしそうににこりと笑った。
なんだかよくわからない。
とてもじゃないけど、この男、一人では太刀打ちできそうもない。
ちらりと視線をトイレの方向に向けた。
秀人たちは、なかなか戻ってこない。
いったいどうなってるんだ・・・・。
「携帯鳴ってるよ」
その言葉に、ポケットを漁った。
着信は秀人。
「ヒデ、どうしたんだよ?」
通話ボタンと同時にそういうと、電話の向こうの秀人はなぜだか荒い息を吐いた。
『雅通、ワリイ』
「は?なにが・・・・」
『ノブがダウン』
「はあ!?」
『トイレで寝ちまってさー、しょうがないからこのまま連れて帰るわ』
「えッ!?ちょっと待てよ。どっから出たんだ?」
『裏口。いまタクシーの中ね』
秀人の言葉に、おもわず頭を抱えた。
「マジかよ・・・・」
『ノブのヤツ、クソ重いから、すげー大変だったんだぞ。俺が倒れちまいそうだ』
「・・・・俺だって」
倒れそうだよ・・・・。
ため息交じりの言葉は、秀人には届いていないらしく、電話の向こうでは、伸広の豪快なイビキが聞こえた。
『とゆーわけだから、悪いけど雅通も適当に帰ってくれ。金は月曜に払うから、よろしくなー』
あっさりと切られた電話を片手に、呆然と固まった。
眼の前の男は、興味深そうに、こちらの様子を伺っている。
勘弁してくれよ・・・・。
こんな状況で一人残されて、いったいどうしろと・・・・。
通話の切られた電話を恨めしそうに見つめ、諦めてそのままポケットに押し込んだ。
「あれ、どこいくの?」
「・・・・帰ります」
一人でいたってこんなところは意味がないし。
それに、とてつもなく、居心地が悪い。
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