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立ち上がってテーブルの上の伝票に手を伸ばす。
しかし、それより一瞬早く、横から伸びてきた手がそれを掠め取った。
驚いて顔を上げると、男はにかりと笑った。
「送ってくよ」
「え?あ、ちょ・・・・」
慌てた自分の手を、男はあっさりと掴み、そのまま出口へと歩いていく。
「あのッ!一人で帰れるから!」
「いや、一人で帰らないほうがいいと思うけどね」
「は?」
「狼の群れに子羊を放り投げるわけにいかないでしょ」
その言葉に、え?と首を傾げた。
引きずられるまま何気に周囲を見渡すと、当たり前のように、男、男、男・・・・。
さっき眼があったはずの男と、他のテーブルでにやにやとこちらを見ていた二人組みの男が、小さく舌打ちをしたのが見えた。
もしかしなくても、そういうこと?
いまさらながら、少しだけ、身の危険を感じた。
「おまえ、名前は?」
店を出て、すぐに男が振り返って口を開いた。
その質問に一瞬きょとんとすると、男は僅かに身を屈めて、自分の顔を覗き込んできた。
突然の至近距離におもわず身体を離そうとするが、自分の腕を掴んだままの手がそれを許さなかった。
「名前」
「・・・・雅通」
観念したように小さく呟くと、男はにこりと笑った。
「マサミチ、ね・・・・年は?」
「十九・・・・」
ふむふむ、となにかを考える仕草をして、男は不意に手を伸ばした。
「え?」
するりとポケットから奪われたシルバーの個体。
おもわず呆然としてしまった。
当然のようにそれを操りだす男を見て、さすがに我に返った。
「おい!なにすンだよッ!」
「番号」
「・・・・は?」
「交換な」
悪びれもせず、にこりと微笑まれて、なぜか呆然としてしまった。
手馴れた様子で携帯を操り、ものの数分で、それを返された。
確認してみると、そこには「圭輔」という男の名前らしきものと電話番号とメールアドレス。
なんて素早いんだ・・・・。
「なあ、マサミチってどんな字?」
「へ?」
「字」
そういわれて、おずおずと説明すると、男はうきうきしながら、なにやら携帯に登録している。
そして、すぐにパタンと携帯を閉じた。
「よし、完了」
「・・・・」
鮮やかすぎる・・・・。
呆気にとられている自分に、男はにかりと白い歯を見せた。
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