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私は自分の誕生日を知らない。
役所に届けられた生年月日は、昭和三十年一月一日である。
幼いころは、
「おめでたい日に産まれた。日本中、いや、世界中がお祝いしてくれている」
などと言われ、クリスマスもお年玉も誕生日もごっちゃになって、とどのつまりはジャラ銭で百円貰い、それで終わりだったような気がする。
元々我が家では『誕生日』という言葉はタブーというか、みんな話題にもしなかったようにも思うのだ。
両親の誕生日も、随分永い間よく知らなかった。どうも父のほうが年下であろうことは薄々気付いてはいたが、実際いくつ年下なのか、また各々子連れの再婚同士であった二人が、いつ、どのように出会い、結婚をして私というどこにも所属しない人間が存在するに至ったのか、すべて記憶の中にはない。
(ない、というのは誰からも話してもらったことがない、ということだ)
ただ断片的に、
「あなたはお父さんもお母さんもいる。あんたが一番幸せな子」
と叔母にあたる人に言われた記憶があるだけだ。
おかしなことを言う。姉がいる、兄がいる、父がいて母がいて、みんな同じではないか。
しかし、姉二人は姓が違っていたのである。
この事も私が幼いころ、不思議でたまらず『どうして違う?』と尋ねたことがある。しかしそれを尋ねると姉は泣き、私は『聞いてはいけないことなのだ』と思い、二度とそのことを尋ねたことはなかった。
変な家だ。変な一家だ。
その頃に感じたしこりは永い間、ずっと私の心に影を落とした。
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