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それは違うよ。彼女の魂はまだこの世で彷徨っているからだ。
自殺した魂は時間が止まったかのように死の瞬間を繰り返している。
廃ビルの屋上を歩き、錆びた柵を越え、宙に身を踊らせて、道路に体を打ちつけて爆ぜるんだ。
何度も何度も、永遠の刻のなかで死を演じる。
それは心が痛くなる独り芝居。
ぼくの眼は熱くにじむ。
“彼女の幽霊はあそこにいるよ”
きみに教える衝動を、何度も呑みこんだ。
それを教えるにはまだ早い。まだ告発するには早いんだ。
きみに復讐する──
ぼくが彼女の無念を晴らすんだ。
彼女の逃避を知らしめるのはぼくの役目だ。
廃ビルが取り壊されても、裡に宿る復讐心は揺るがない。
きみをたくみに誘いだし、彼女が自殺した廃ビル跡に向かわせた。
きみの横を歩きながら、夜空を見上げて訊ねる。
「きみは今日、空を見上げたかな?」
きみは返事をせずに黙々と歩いている。
「廃ビルが壊されたら、そこに現れていた幽霊はどうなるのかな?」
廃ビルが消えた天空の舞台で、いまだに彼女は死の歩みを止めていなかった。
ふらふらと歩み、何も無い淵を越え、虚空に身を投げて、道路に体を打ちつけて爆ぜる。
それを永劫に繰り返していた。
「きみには彼女が演じる独り芝居が見えないんだね」
同じ悲しみを共有していないからさ。ぼくはうすく笑う。
「もうすぐだからね」
祈るような気持ちが口をついた。
もうすぐ死を止めてあげるからね。
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