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「まったく、俺としたことが逃げ遅れるなんて……」
先ほどのガサ入れを思い出し、慎吾は自嘲しながら辺りを見回した。
飾り気のまったくない部屋の小さな窓には、頑丈な鉄格子がはまっている。通路側の壁もドアも鉄格子で、排泄の瞬間すら隠せない。離れた所から監視の目線が常に注がれる、プライベートゼロの「留置場」に、彼は囚われていた。
狭い簡易ベッドから身を起こし、ゆるいウエーブのかかった金髪をかきあげる。
薄い紫色のジャケットを着て、刺繍の施された高そうなジーンズを穿いている姿は、どこかの金持ちの息子といった風情だ。たが品の良い素振りを装っていても、ふとした瞬間の目がすこぶる鋭く、カタギの人間かどうか疑わしげに見える。
「七番、おい七番!」
「あ?」
「名前を言いなさい」
「……小島、サトシ」
「出なさい、早く!」
ドアが開けられ、警官が居丈高に吐き捨てる。慎吾はゆっくり立ち上がり、イライラとせっつく警官に伴われ、留置場をあとにした。
◆
「どうぞ座って楽にして、小島サトシくん」
既に来室していた署長の京田は、慎吾を被疑者用のパイプ椅子へ座らせた。
ここは首都近郊にある海原市中央警察署三階、第一取調室だ。
新築したばかりの小綺麗な室内には、おそらくどこの取調室もそうであるように、事務机とパイプ椅子、監視用マジックミラーが配置されている。
京田は慎吾の向かいへ座り、薄い番茶を勧めると、引率してきた警官に人払いと退出を命じた。
「さて、と。これで大丈夫。悪いね、打合せが署長室じゃなくて。小島──いや、榊君」
「いえ」
「とりあえず今回の潜入は終了だ。いつも最後は留置場でゴメンね」
「仕事ですから……あの、署長。今年のゴールデンウィークの代休、ちゃんと貰えるんですよね?」
慎吾が横目で窺うと、京田は目を泳がせた。
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