第1章

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チエコが入院して、ネネは学校帰りに頻繁に見舞いに行った。チエコに執着するネネを心配して、母は「あまり行くな」と言ったが、ネネはその年代特有の一途さと相まって、ますますチエコにこだわるようになった。あの日暴れだしたチエコの姿を、大人しくなった本人の姿を目に焼きつけることで無かったことにもしたかった。実際は病院に行っても、チエコは閉鎖病棟に入れられたので会うことはできなかったのだが。  その後、チエコは暴力行為を成さないとみなされたのか、ほどなく一般病棟に移った。  その頃にはチエコは、家族の顔も判別がつかず、ネネが来ても他人行儀に小さな声で「こんにちわ」と言って、恥ずかしそうな素振りをした。  食欲が無くなりやせ細ったチエコはベッドから出ることはほとんどなく、ネネはベッドの上でも遊べるようにと千代紙を持っていった。始めは折り方を思い出させようと教えたが、上手く折れず、あるときチエコは癇癪を起こして千代紙を引きちぎってしまった。ネネも腹を立て、ケンカをし始めた二人を通りかかった看護師が見かねて止めに入った。 「そうだ、良いもの持ってきてあげる」  その看護師はそう言って、画用紙と糊を持ってきた。ここは精神科の小児病棟も入っていたので、子どもに絵を描かせたり、紙を使って工作させることもあるのだろう。看護師は、チエコがちぎった千代紙を、画用紙に貼り付けていった。水色は空になり、白は雲、緑は茶色を覆う広場になった。それを見た途端、チエコの目が輝き始めた。看護師のマネをして丸くちぎり、画用紙に貼った赤い紙は家になった。喉の奥をゼイゼイ言わせながら、キャアアと笑う。  見ていたネネも幼稚園以来の作業がしたくなった。 「あたしも」  そう言って、チエコよりは細かく紙を裂き、黄緑の草を一本一本画用紙に生やす。  ネネは出来上がった風景を満足そうに眺めたが、チエコは自分の作るものに夢中でネネの画用紙を見てくれない。チエコは、画用紙にたくさんの花を散らしているようだった。  出来上がった画用紙を高くかかげて、チエコはゲホゲホッと喘息を起こした。このところ、頻繁に呼吸困難を起こしていることは、母から聞いていた。ネネは、骨だけになった肩と背中に手を置いて、優しく撫でた。
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