剣士の初恋

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「ありがとうございました」 つけていた面と頭を覆っていた手ぬぐいをとると、 その女性は丁寧にお辞儀をした。 膝の前にきちんと揃えた白く透き通った形のいい指が 黒光りする床の上でなまめかしく輝いている。 勇助は顔をあげた女性の強いまなざしに一瞬心臓がキュッと締め付けられた。 激しい稽古を続けていたせいか色白の頬が赤らみ、 短く刈った黒髪の先には透明な汗が光っている。 「こちらこそ」 それだけをいうとその女性の強い視線を避けるように、慌てて下を向いた。 神谷勇助は社会人になって4年目となる。 高校・大学と剣道部に所属していた。 現在4段。 学生時代は大きな大会での入賞経験はないがそれなりに活躍した。 社会人となってからは試合に出ることはなくなったが、 暇を見つけては大学の剣道部に顔を出し指導するようになっていた。 それは全力で打ちあう稽古の充実感と終わった後の爽快さが好きなだけでなく、剣道以外にこれといった趣味がなく、またデートする相手もいないからだ。 その日は仕事も一段落したので久しぶりに稽古にやってきた。 来てみると大学の剣道大会が近づいているせいか稽古に熱がはいっている。 勇助も気合を入れて準備運動代わりの素振りに力を入れた。 体が温まったので、 素振りを止め、誰の相手をしようかとあたりを見回していた。 そのとき後ろで 「お願いします」 と凛とした声が耳に入り振り向いた。 (オンナか) 面をつけているが、体格と声ですぐにわかった。 本音はおもいっきり体を動かしたかったのだが、 お願いされたのをオンナだからといって断るわけにはいかない。 しょうがないと思いながら、面をつけ蹲踞の姿勢をとった。 しかしその女性が立ち上がったとき一瞬息を呑んだ。 スラッと立っている姿勢が美しく、 面金の隙間から見える視線の強さが心に突き刺さったのだ。
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