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勇助は竹刀を正眼に構えたままぼんやりと相手にみとれていた。
「メーン」
という甲高い声と共にいきなりその女性が飛び込んできた。
まさかお互いに竹刀を合わせることもなく全力で面を打ってくるとは思わなかった。
しかも<女性>が、である。
勇助は慌てて竹刀をあげて防いだので面を直撃されることは免れたが、
一気に間合いをつめられてしまった。
更に続けざまに面を打ってきた。
勇助は面を打たれまいとして竹刀が振り下ろされる前に相手の懐に入った。
その女性は十分な間合いが取れなくなり、
あげていた腕をおろした。
その為竹刀と竹刀が手元でぶつかり、鍔競り合いとなった。
その女性は思った以上に押してきた。
ならば力づくで押し戻し、
態勢が崩れた瞬間に面を打ち返してやろうと思った。
しかし押しても相手の態勢は崩れない。
それどころか力いっぱい押し戻してきた。
相手が目の前に迫り、面金の中の女性の顔がはっきりと見えた。
(生意気なオンナだ。手加減しないぞ)
勇助はそう思って、さらに力を込め押し戻そうとした。
そのとき、その女性の吐く息が面金を通して勇助の鼻を刺激した。
甘酸っぱい香りだ。
一瞬、息を吸い込んだ。
「メーン」
その女性はその刹那、押すのを止め、一気に引き下がりながら面打ちを放った。
「あっ」と思ったときには面を打たれていた。
そして「ズルイ」という言葉が口から出そうになった。
別に相手がズルをやったわけでなく、勝手に自分が油断したのが悪いだけだ。
気がつくと相手は距離をとり次の攻撃態勢に入っていた。
勇助は正眼に構えたまま、慌てて下がって呼吸を整えた。
自分でも頭に血が上っているのがわかった。
心臓がドキドキと音をたてている。
よりによってオンナに面をとられるとは。
何よりも相手の吐く息に気をとられた一瞬を打たれたのが恥ずかしかった。
誰かに見られたのではないかとあたりを見回した。
幸い皆自分の稽古に熱中している。
今度はゆっくりと距離をとると下がり気味に相手の打ち気を何度かそらした。
そうしているうちに気持ちも落ち着いてきて、
相手がよく見えるようになった。
そして相手が焦れてまた面を打とうと竹刀を振り上げた瞬間を捉え、
籠手を打った。
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