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その女性は勇助の想像以上に素早い竹刀捌きに少しだけひるんだが、
それでもまた何度か面を打とうとした。
勇助は既にその女性の動きを読みきっていたので、
間合いをうまくとりまた籠手を打った。
その女性は得意の面をはずされ二度も同じ籠手を打たれたのが悔しかったのか、三度目は面を打つふりをして途中から胴を狙ってきた。
その動きも勇助には丸見えだった。
「コテッ!!」
面もがら空きだったが勇助はわざと力いっぱい籠手を打った。
カランと音をたて、竹刀が転がった。
「参りました。ありがとうございました」
女性は疲れたのかその場にガクッと膝を落とした。
勇助は竹刀を納め、女性に合わせてその場に正座した。
女性は面と手ぬぐいをとり籠手の上に置くと、
勇助に向かい指を揃えて丁寧に礼をした。
白く透き通った手のひらの甲が赤くなっている。
「ごめん。同じところを打って」
勇助は思わず謝った。
「いえ。おかげさまで私の至らないところが良くわかりました」
その声のトーンで相手の女性が負け惜しみではなく、
本心から言っているのはわかった。
勇助は力の差があるにもかかわらず自分がむきになってやり過ぎたことが
恥ずかしかった。
翌週も、仕事が忙しかったが、何とか都合をつけて稽古に出た。
が、その女性はいなかった。
そしてその翌週もいなかった。
学生大会に出るといっていたので結果が気になっていたが、
それ以上に自分がやりすぎたので来なくなったのではと後悔した。
それから一ヶ月後に道場に来たとき、
その女性はいたが、他の男性と稽古をしていた。
勇助の胸の中がカッと火がついたように熱くなった。
(嫉妬なのか)
その日は他の者と稽古をしながらも、目はその女性を追っていた。
その為かいつもは簡単にあしらう後輩にも何度か打ち込まれてしまった。
「先輩、腕が落ちましたね」
まだ大学2年生の後輩にからかわれた。
勇助は少しの間手を休め、稽古を見ていた。
そしてその女性が休憩に入ったときその前に歩み寄った。
「一手お願いします」
そういってお辞儀をした。
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