第1章

5/6
前へ
/6ページ
次へ
 すぐに向き直って小声で勇者に耳打ちをする。 「いやでもさ。しょうがないじゃん」 「しょうがないってどうすんのよ」 「……取りあえず事情話して、許してもらうしかないし」 「あの~、ちょっといいですか?」  勇者は魔王グレゴールの方を向いて控えめに右手を上げる。 「なんじゃ?」 「すいません。あの……言いにくいんですけど……その、魔法のアイテム、なくって」 「え~ないってどういうこと?」 この時、残虐非道、冷酷無比と言われた魔王グレゴールの顔が崩れた。ぽかんと開かれた口は今にも顎が外れそうである。 「え~ちょっと、それ困るよ~。ワシも久々の挑戦者で、内心張り切ってたのにさぁ~。部下たちにも威厳示せるって思って変身だって後、二回くらい用意してたのに。もっと頑張ってもらわないと~」  よほどがっかりしたのか、魔王から先ほどまでの威厳が薄れ、悪い酔いした酒場の客みたいな口調になり始めた。こう見えて地獄の魔王も結構苦労が絶えないようだ。 「いや~面目ない」 「だいたいあれないとワシ倒せないって村人とか言ってたでしょ?」 「いや。違うんですよ、それは分かってたんですよ。だから、ちゃんと北の山までいって取って来たんですよ」 「本当にぃ? ちゃんと暗黒魔人倒したの?」  疑り深い視線で勇者の顔を見つめた。 「そうなんですけど、ここまで来る途中にどっかでその……」 「その?」 「落としたみたいでして……」 「ホラ、やっぱり失くしたんじゃない」「おお、勇者よ」  後ろで嘆きの声が聞こえるが、最早なりふり構っている場合でもない。 「は? マジで? つーか、それ取ってないよりヤバいじゃん。アレ一点ものだよ」 「で、ですよね」  ハハハと後頭部を掻いた。 「そもそもおかしいでしょ~。勇者がアイテム落とすとか」 「いや、ほら、地下四階に落とし穴あったじゃないですか? 多分あそこじゃないかって思うんですよねぇ~」  勇者はそう頭を掻きながら答える。 「何じゃと?」「そう言えばあんたあの時、派手にすっ転んでたわね」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加