203人が本棚に入れています
本棚に追加
/334ページ
.
翌日出勤して事務所に入ると、既に宮沢さんが席に着いていた。あの件以降、俺よりも早く来ていることがある。
「おはようございます」
「おはようございます。今日も、榊君きますかねえ」
「どうでしょうね」
本当に見当もつかなかったからそう答えた。椅子に置いたカバンからタオルを出して、駐車場からここまで来るのに濡れてしまった頭をかるく拭く。それを見ていた宮沢さんがため息まじりに、
「雨、嫌ですよねえ」
とつぶやいた。
「本当に」
いつ梅雨は明けるのだろうか。
「榊君のことですけど、昨日のうちに高校へ連絡していますからね」
「えっ」
宮沢さんはにっこりする。
「担任の先生、いい人そうでしたよ。無理やり連れ戻したりしないけど、休みすぎて退学にならないように急いで問題を解決するって。もし今日榊君がきても、学校に知らせてるって話はしないでおいてくださいね。居づらいと思われて変なとこに行っちゃったら困りますしね」
随分と手回しがいい。俺はぼんやりしていた自分が恥ずかしくなる。
「すみません、本当は俺が連絡するべきでした」
「気にしないでくださいよ。榊君の親御さんには先生が説明するそうです。だから、秋野さんはいつも通りにしていてください」
就業時間に爪を塗り、電話をかけ、仕事をこちらに押し付けていたあの宮沢さんが……。驚きが顔に出たのか、宮沢さんは口を尖らせた。
「私だっていろいろと考えているんですから」
「ありがとうございます……助かります」
「はーい。じゃあ今日も受付お願いします」
宮沢さんは照れ隠しのような返事をして、自分の爪を眺め始めた。今日もつややかな爪だ。オレンジ色にぴかぴか光っている。俺ははーいと返事をして、受付に向かった。
玄関横の受付にたどり着くと、ちょうどガラス戸が開いて、透明な合羽を着た榊君が現れた。榊君は俺に向かってぺこりと頭を下げる。
「おはようございます」
「おはようございます。濡れなかった?」
「大丈夫です、今日は合羽を着てきたので」
榊君はぎこちなく微笑みながら合羽を脱ぎ、それをゆっくりと畳んだ。確かに、髪の毛以外はあまり濡れていないようだった。
最初のコメントを投稿しよう!