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古びた駅で、私は電車を待っていた。
もうすっかり夜も更けて、私以外に電車を待つ者もない。チカチカと明滅する常夜灯に、虫がぶつかる音がやけに響く。
私はベンチに座り、妻に帰宅が遅くなる旨のメールを送ってから、ふと顔を上げた。
いつの間にか、私の隣に少女が座っていた。
歳は六、七歳くらいだろうか。白いブラウスに紺色のジャンパースカートを着て、クリーム色の毛糸の帽子をかぶっている。可愛らしい女の子だ。
少女は私を見上げると、にっこり笑った。私もつられて笑い返す。
しかし、こんな時間に小さな女の子がひとりでいるなんて、どうしたことだろう。
私は少女に話しかけた。
「こんばんは」
少女は一層嬉しげに笑う。
「こんばんは」
「お嬢ちゃんひとり? お母さんかお父さんは?」
「あたしひとりよ。ずっとひとりでいるの」
「……ここで待ってるように、言われたのかな?」
少女は首を横に振った。
「パパが、あたしのこといらないって」
「え?」
「パパがね、あたしのこといらないって言ったの。だからあたしここにいるの」
少女は投げ出した足を、ぶらぶら揺らした。
こんな小さな子をひとりで置き去りにするなんて、親のすることではない。
児童虐待。そんな言葉が私の頭をよぎる。
私は携帯を取り出し、まずは警察に通報すべく、ボタンを押そうとした。
「あれ、圏外……?」
さっきまで電波が入っていたのに、何故か今は圏外の文字が表示されていた。
「なにしてるの?」
「あ、いや……。お嬢ちゃん、おうちの電話番号とか、住所とかわかるかな?」
「わからない」
「そうか……」
訊いてどうするんだ。虐待されているかもしれない家に送り届ける気か?
そもそも携帯が使えなければ意味がない。もう一度携帯を見たが、やはり圏外のままだった。
首をひねる私を、少女はにこにこしながら見ていた。
「お嬢ちゃんは、いつからここにいるの?」
「ずっと」
「……お父さんがここで待ってるようにって言ったのかい?」
「違うわ。でも、いらないんだって」
「いらないってどういうこと?」
少女はベンチから、ぴょんと飛び下りた。
「パパは、あたしのこといらなかったのよ。だからママのこともいらなくなったの」
「そんな……そんなことないよ。お嬢ちゃんみたいな、可愛い子……」
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