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「ううん。パパ言ってた。あたしはいらないって。あたしがいるからママのこともいらないって。パパにはあたしとママより大事なものがあるんだって。そう言ったじゃない。そうでしょ、パパ」
黒目がちな瞳が、私をじっと見ていた。
私は慌てて言った。
「おじさんは、お嬢ちゃんのパパじゃないよ?」
「いいえ、パパよ。あたしにはわかるわ。あなたはあたしのパパよ。ママだってそう言ったじゃない」
「違うよ。僕には娘なんていない」
「違うわ。嘘よ、うそ、うそ。あなたはうそつきよパパ。ほんとはわかってるんでしょう? あたしがパパとママの子どもだって。知ってるのに知らんぷりしてるんでしょう? どうして意地悪するの?」
少女の声はだんだん大きく、甲高いヒステリックなものになっていた。
その、神経を逆なでするような声に、私は苛立ちを感じ始めた。
「だから、僕は君のパパじゃないって……」
「ちがう!」
「知らないよ」
「うそつき! 知ってるくせに! あたしがアンタの子だって、わかってるんでしょう!? どうして嘘つくの!? うそつきうそつきうそつき!」
「うるさい!」
気が付けば、私は喚く少女を思いきり突き飛ばしていた。少女の軽い体は、いともたやすく吹っ飛んで、したたかにコンクリートに打ちつけられた。
私は我にかえったが、もうこんな薄気味悪い子どもから早く離れたくて、慌ててベンチから立ち上がろうとした。
「うふふ」
ふいに聞こえた笑い声に、私は固まった。
少女が幼い声で笑っている。少女はゆっくりと起き上がると、大人びた仕草でスカートの裾をはらった。
「痛いよパパ……ごめんなさい。あたしがあんまりパパのこと、うそつきって言ったから怒ったんでしょ?」
「……」
「でももういいの。パパがうそつきでも構わないわ。あたしは知ってるんだもの。それに、これからはずうっと一緒にいられるんですものね」
少女は私の腰にしがみついて、にっこりと笑った。
この子は、頭がおかしいのではないだろうか?
それとも母親がおかしいのか?
「ママも言ってた」と少女は言った。
もしかしたら、母親は近くに潜んでいて、様子をうかがっているのではないか? 幼い娘に、適当な男に声をかけさせて、どうにかしようとしているのではないだろうか?
「なあ、本当はママはこの近くにいるんだろ?」
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