第1章

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「ううん。パパ言ってた。あたしはいらないって。あたしがいるからママのこともいらないって。パパにはあたしとママより大事なものがあるんだって。そう言ったじゃない。そうでしょ、パパ」  黒目がちな瞳が、私をじっと見ていた。  私は慌てて言った。 「おじさんは、お嬢ちゃんのパパじゃないよ?」 「いいえ、パパよ。あたしにはわかるわ。あなたはあたしのパパよ。ママだってそう言ったじゃない」 「違うよ。僕には娘なんていない」 「違うわ。嘘よ、うそ、うそ。あなたはうそつきよパパ。ほんとはわかってるんでしょう? あたしがパパとママの子どもだって。知ってるのに知らんぷりしてるんでしょう? どうして意地悪するの?」  少女の声はだんだん大きく、甲高いヒステリックなものになっていた。  その、神経を逆なでするような声に、私は苛立ちを感じ始めた。 「だから、僕は君のパパじゃないって……」 「ちがう!」 「知らないよ」 「うそつき! 知ってるくせに! あたしがアンタの子だって、わかってるんでしょう!? どうして嘘つくの!? うそつきうそつきうそつき!」 「うるさい!」  気が付けば、私は喚く少女を思いきり突き飛ばしていた。少女の軽い体は、いともたやすく吹っ飛んで、したたかにコンクリートに打ちつけられた。  私は我にかえったが、もうこんな薄気味悪い子どもから早く離れたくて、慌ててベンチから立ち上がろうとした。 「うふふ」  ふいに聞こえた笑い声に、私は固まった。  少女が幼い声で笑っている。少女はゆっくりと起き上がると、大人びた仕草でスカートの裾をはらった。 「痛いよパパ……ごめんなさい。あたしがあんまりパパのこと、うそつきって言ったから怒ったんでしょ?」 「……」 「でももういいの。パパがうそつきでも構わないわ。あたしは知ってるんだもの。それに、これからはずうっと一緒にいられるんですものね」  少女は私の腰にしがみついて、にっこりと笑った。  この子は、頭がおかしいのではないだろうか?  それとも母親がおかしいのか?  「ママも言ってた」と少女は言った。  もしかしたら、母親は近くに潜んでいて、様子をうかがっているのではないか? 幼い娘に、適当な男に声をかけさせて、どうにかしようとしているのではないだろうか? 「なあ、本当はママはこの近くにいるんだろ?」
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