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そのとき、電車がホームに入ってきた。
私は渾身の力で少女を振り払うと、急いで電車に乗り込んだ。少女は、パパ、待ってよパパぁ、と泣いていたが、その声も、電車のドアに遮断された。
電車がゆっくりと走り出したところで、私は大きなため息を吐いた。
ゴトンゴトンという音を聴きながら、私は座席に座り込んだ。
なんだったんだあの子は。
冷静になってみれば、あの子が美咲の娘ではないかと考えたことが、バカバカしい妄想に思えてきた。
少女の言葉は支離滅裂だった。きっと親に放置されていて、それで誰かに構ってほしくて、ああやって訳のわからないことを言っているのだ。
やはり警察に通報するべきだったか。いや、下手に関わらないほうがいい。
もう考えるのは止そう。早く帰ろう。
私は携帯を開いた。
携帯は圏外のままだった。
電車の中には誰もいない。
車窓からは、深い闇が広がるばかりで、なにも見えなかった。
その闇がふいに恐ろしくなって、私は目を逸らした。
目を閉じると、少女の声が頭の中で響く。
――ずっとここにいるの。
――暗くて冷たい。
――パパはあたしといくのよ。
――みんなあたしと電車に乗ってくれないの。
私はもう一度窓の外に目をやった。やはり闇ばかりが、黒々と広がっている。
民家の明かりも、街灯も、なにも見えない。
「……なんで」
心臓の音がうるさい。
ゴトンゴトンという音に混じって、パタパタと小さな足音がする。幼い笑い声。電車には誰もいなかった。首が動かない。体が冷えていく。心臓が痛い。
誰かが私の手を握った。
ぞっとするほど冷たい手だった。
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