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あげちゃったな、大事なおじいちゃんの形見。
いつも持ち歩いている訳ではなく、久し振りのおじいちゃん家って事で、標本の蝶にも生まれ故郷を見せてやりたいと思い、持って来たのだが。
帰路につきながら、僕はそんな事を思っていた、でも残念な気持ちは無く、むしろ、善い事でもしたような満足感、不思議と達成感が心を満たしていた。
時刻はいつの間にか17時近くになり、夕刻を迎えはじめていた。
「ただいま」
すかさず父さんが出迎えてくれた。
「どこに行っていたんだ、少し心配したぞ」
おじいちゃんの事もあったから、僕はすぐさま謝罪した。
「ごめん、おじいちゃんと父さんの家を、しっかりと覚えておきたくてさ....」
僕は父さんと、その向こうにいる母さんのいる部屋の奥まで、目で探した。
「そうか、もう帰る時間だろ、駅まで送ってやるから、用意しろ」
父さんの言葉に気の無い返事をして、おじいちゃんの遺影を見上げた。
「ああ....ありがとう」
僕は期待していたんだ。
何も変わらないな。
少しだけ、がっかりした、夢物語のように現実が劇的に変化するかと思って。
あの少年が奇跡をもたらしてくれる、なんて事を。
「雅人、もう良いのか」
車の鍵をもって外に出ようとした父さんの声で我に帰る。
「ああ、大丈夫、行こう」
今度はお正月に帰ると、母さんと仏壇のおじいちゃんの写真に挨拶をして、その家を出た。
山も木も車も朱く染まり、おじいちゃんの家は美しい夕焼け空を見せて、名残を惜しませてくれた。
すると、車に乗る前に父さんが言った。
「おい、見ろ雅人」
既に見とれている夕焼けの何が違うのかと、父さんの見上げている方に首を向けると、僕は息を呑んだ。
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