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静寂を嫌ってか、父さんが口を開いた。
「だからまぁ、いつまでここに居られるか分からないが、出来るだけ思い出してやろうかと思ってな」
そうなんだ、僕は微笑んだ、我が父親ながらロマンチックな事を言うなと思ったが、そんな気持ち、自分にも分かる気がして、ついまた口が出てしまった。
「おじいちゃんが生きていればなあ」
「バカだなあ、じいちゃん生きていたとしたら九十過ぎだぞ、むしろ本当に、立ち退き反対!、ダム建設反対!!ってしなきゃなんないだろ、下手すると抗争になりかねないぞ、アハハ」
くぅ、そんな薄情だなぁ、と思ったが、僕も父さんと一緒に笑ってしまったのだった、二人ともおじいちゃん譲りのネアカ人間だった。
少し酔ってきたのか、僕は饒舌になった。
「でも、未だに悔やまれるんだ、あの時、僕が珍しい昆虫を欲しがらなければ、おじいちゃんはあの崖に行ったりなんかしなかったんじゃないかって」
父さんは、静かに応えた。
「オオルリシジミか?それは違うな、そんな蝶々はこの辺じゃ、もうとっくに絶滅してしまったよ、じいちゃんが知らない訳がない、それに虫採りなら、雅人と二人で行くに決まっているだろ」
不自然じゃない、むしろこっちの方がしっくりする理由だ、すると僕は20年間もずっと自責の念で無駄に苛まれていたのか。
「確かに、は、はぁ」
僕は心がすっと軽くなる思いがした。
微笑んでいた父さんが、今度は真顔になり話を続けた。
「元々、あそこの崖は人が何人も死んでいる事故の多い場所なんだ、噂では、呪われているのさ」
「呪いって、なんだよ?」
「お化けが出るのさ、お化け、じいちゃんもそいつに誘われて、崖に近づいたんじゃないかな」
お化けって、酔が回ったのかな父さん、と思ったら、僕は可笑しくなってしまって。
「ぷっ、ふはははは」
「お、おい、本当に出るんだぞ、子供の頃じいちゃんに聞いたんだからな」
「いや、ごめんなさい、しかしお化けって、はははは」
その後も、二人は愉快に酒を酌み交わした、母さんも含めて、久々の家族団欒を楽しんだ。
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