なくしてしまった大切なもの

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「それは、なあに」 エミルは俺の首に腕を回してくる。 俺はその腕を空中で受け止めながら、 「お前がこれまで集めてきた、クレメンスの悪行を証明する証拠の書類だよ」 言うと、エミルはサッと顔色を変える。 「どこで、それを――」 「どこって、蛇の道は蛇。俺はお前より、ずっと長くこの世界にいるんだぜ」 ガドナーに仕事をクビにされ、エミルより先に闇の世界に落ちた俺は、殺し屋というこんな職業を選ぶしか、生きていくすべはなかった。 「でもクレメンスは死んだわ。彼が死んだ今、クレメンスの悪行を世間に明らかにしたって、なんにもならない」 「なんにもならないかどうかは、俺が決める。お前じゃうまく使えなくても、俺だったら使える可能性があるだろう」 そう言うと、エミルは少し考える素振りをみせる。 だから俺は、 「わかれよ。お前から報酬は受け取れない。これは俺の役目だったのさ」 エミルの身体を抱き寄せて、そっとキスをした。 しばらく唇を味わって離せば、エミルはうっとりとした目で、俺を見あげてくる。 「……わかった、わ」 よし、堕ちた。
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