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「どうしてここに。なんで生きてるの?」
エミルの悲鳴のような声に、俺は肩をすくめながら答えてやる。
「なあに。キミがクレメンスさんの汚点になるようなことを調べてるって聞いてね。クレメンスさんに依頼されて、書類を取り戻す算段だったのさ」
「あたしを騙したのねアッシュ」
「騙したなんて人聞きの悪い。クレメンスさんの方が先に俺に依頼をくれた。ただ、それだけだよ」
俺が平然とした顔で告げると、エミルはキュッと唇を噛む。
そして昔のままの勝気そうな眼差しを俺に向けると、
「アッシュ、前に一緒に遊んだことを忘れたの?」
そう言った。
俺は驚いて目を見張る。
「驚いたな。覚えていたのか」
「覚えていたっていうより、思い出したのよ。あなたがあたしから報酬は受け取らないって言った時に」
「……なるほど」
俺は首を上下に振る。
「無欲な俺を見て、思い出したってわけか」
むかし何度か、イヤな家庭教師から逃げ出すエミルを手助けしたことがある。
そのたびにエミルは俺に何かくれようとしたが、
「お礼は無用ですよお嬢さま。これはボクの役目ですから」
俺はそう言って断った。
あの頃は、綺麗なエミルを助けられることが誇らしくて、頼ってくるエミルがただただ可愛いくてしょうがなかった。
だからエミルを逃がした後に、どんな折檻を受けようとも、俺はエミルに求められるたびに、エミルを手引きした。
だけどなあ、エミル。
そんな当時の俺は、もうどこにもいないんだ。
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