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「できたよ。」
いつの間にか、魔女はスケッチブックに鉛筆を走らせていた。
「君。」
そう言ってひっくり返したスケッチブックには、彼が描かれていた。
いや、正確には彼ではない。
彼と同じ服装。彼と同じ髪型。でもその絵の人物には貌がなかった。
貌がないのに泣いていた。
「よく描けているでしょう。」
魔女は自慢げに笑う。
「意味が分からないな。これには顔がない。これは俺じゃない。」
「そうよ。だから君なのよ。」
「いや、やっぱり意味が分からないな。いや、そんなことはどうでもいい。早く俺を元に戻してくれ。」
「それはできないわね。」
「何故だ。」
「君はスパイ失格だからよ。」
魔女は何でもない風に笑った。
「・・・どういうことだ。いや、何でお前にそんなこと言われなくちゃいけないんだ!」
「本国の命令だからよ。」
「何!?どういうことだ!?」
「私はね、この国の出身ではないのよ。君と同じ国の出身なの。君の田舎町のすぐそばよ。」
「だからなんだ!」
「私の仕事はスパイの監視。何か変なことがないかね、見張るよう頼まれているの。定期的にスパイの検査もしているのよ。今回の検査の結果、君はスパイとしての素質を失っていることが分かったの。だから君は任務から降りるのよ。」
「わ、訳が分からない。何故俺が検査に引っかかる?この俺が!」
ケイスは椅子から立ち上がりわめいた。子供のように声を張り上げた。
「あなたは君の息子をかわいそうだと思ったわ。」
魔女は静かに告げた。
打ち水を放ったように、部屋が静かになった。
ケイスは呆然として魔女を見つめた。
「あなたは嘘をつけなくなった。嘘をつけないあなたの態度に傷ついた君の息子を、あなたはかわいそうだと思ったわ。」
「・・・・・・・・・。」
「君の奥さんはあなたの豹変ぶりに泣いたわ。それを申し訳ないと思って、あなたは台所に散らかっていた食器を片付けてあげたわ。」
「・・・・・・・・・。」
「それらは必要ないことだったわ。何の目的にも繋がっていない。君の心の中の罪悪感でしかなかった。君はもう、平然と裏切り続けることができない。」
そうして魔女は綺麗な笑顔を向けた。
「君はスパイ失格よ。」
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