第1章

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花屋の店先ですずらんを見ている親子連れがいた。お母さんは店員さんと水やりの話をしている。寄り添うように置かれたベビーカーには生後一歳くらいの赤ちゃんがいた。笑顔のかわいいご機嫌の赤ちゃんだ。元気に手足を動かしている。けれども何かがおかしいとA子は思った。赤ちゃんは笑っているが笑い声がない上に、目もうつろで定まりがない。 「あなたもしかして、声が出せないし、目も見えないの?」 声ならまだ取り替えてあげられる。目も片目だけなら……。 A子は身代わりの夢を見た。 赤ちゃんの笑い声で目が覚める。 お母さんが赤ちゃんの声に気がついて血相を変えてベビーカーを覗き込んだ。 「ここなちゃん……、声どうしたの!声が出てるよ!え、待って、今ママを見た!?ママを見てる!ママを見てるよ!ああ、神様!!」 お母さんは赤ちゃんを抱きかかえて、泣きながら、笑いながらくるくる回った。 よかったですねと言いたかったけれど、A子の声は出なかった。今までどうやって声を出していたのかすら思い出せない。視野も左目だけになってしまって、遠近感がつかみづらくなってしまった。 A子は躓きそうになりながらふらふらと歩き出した。 これでいいんだ。わたしなんかより、あの赤ちゃんの方がきっと素晴らしい未来が待っているんだから。
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