第1章

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雨のシャッターが近づいてくる。まもなくA子は雨に侵されるだろう。ベンチに浅く座って両手で突っ張るように体を支えて、背筋に後ろ頭を乗せるように顎を出して上を向く。雨の日は泣いてもいい日。まぶたを閉じるとぽつぽつとノックをしているように水が滴る。それは次第に大地の臭いを湿らせて沸き立てながら制服に浸透し始めた。 ふとまぶたの裏が暗くなった。目を開けてみると知らない男の人がA子に傘をかけていた。骨組みの多い折りたたみの黒い傘。クマのキーホルダーがついている。ねじったような髪型の男の人はA子に傘とハンカチを手渡して、 「一日一度くらいはいいことあるよね」 そうほほえみかけた。 男の人はA子の代わりに背広を濡らして、雨に追われるようにバイクで去った。 世の中には見知らぬ人に優しくできる人がいるらしい。彼がその人なのだろうか。こんなわたしにも優しくしてくれるなんて、なんて素敵なんだろう。 A子は傘とハンカチを握りしめたまま、彼が去った方角をずっと見つめていた。 まもなくして雨が激しく傘を打ちつけた。
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