第1章

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A子はこの町の一番大きな病院へ向かった。あの彼はきっとそこにいる。今からでも間に合うかもしれない。けれどもA子は言葉でなんと言ったらいいかわからなかった。だからごめんなさいの気持ちを綴った短い手紙をしたためた。 病院の受付で、先ほど救急車で運ばれた人の持ち物を届けたいと申し出ると、居場所を教えてくれた。 A子が病室の入り口へたどり着き、入室しようとしたまさにそのとき、トラックにはねられた女の人の死亡が確認されたときだった。 A子はショックで体がびくりと震えた。胸に抱えていた折りたたみ傘とハンカチと手紙が床に落ちた。その音に気がついて彼が振り向いた。A子を見た彼の顔は目を赤くした鬼のような形相だった。 「お前……、なんでここにいる!」 「わた、わたしが身代わりにっ……」 「出て行け!出て行けよ、この人殺し!!」 彼がA子に詰め寄ったとき、彼の足の下にはハンカチと手紙が踏みつけられていた。A子はそれを見て彼に言える言葉をすべて失った。今にも崩れ落ちそうな足で後ずさり、A子は逃げた。 わたしは人殺しだ、人殺しなんだ! A子が身を隠すように部屋へ飛び入ると、そこは小さな個室だった。ブラインドの閉じられた薄暗い部屋で、ベッドには酸素マスクをつけて眠る幼い少女がいた。内臓に強い疾患があるのだろうか、顔色がひどく悪い。 「わたしの命でよければあげる」 A子はまぶたをそっと閉じ、少女の病気が夢になるよう思いを込めた。A子は胸に強い痛みを覚えて目を覚ます。体中が不快感と苦しみでいっぱいだ。けれど少女の表情が和らいで顔色がよくなった気がする。この少女は助かるかもしれない。A子はうれしくなった。 A子は重くてだるい手足にむち打って動かして病院を出た。そしてあてどなく商店街の方へさまよい歩いた。
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