第1章

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「京急油壺駅」  加賀谷春彦は、今年30歳の営業マン。大阪の大学を卒業して、そのまま地元大阪の商社に就職して、それからずっと大阪勤務が続いたが今年春の人事異動で横須賀中央の支社に異動になった。  4月1日から慣れない土地勘の無い関東での仕事をしてきた春彦は、やっと京急は快速が一番速くて停車駅が少ない事、京急には、いくつか支線も有る事、京急は赤い車両が多いが青や黄色の車両もたまに走っている事など分かりはじめた。  4月10日。朝一番の営業の仕事を終え、春彦は赤色の快速に乗り横浜駅から京急で会社のある横須賀中央に戻るところだった。  車内は、立っている人も少なく春彦は座る事が出来た。今日は、午後からの得意先回りの予定もなく会社に帰れば、出張費や伝票などの細かな整理だけだ。今日の仕事は楽だなあと思いながら、慣れない土地での疲れも有り、日ノ出町駅を過ぎたあたりで眠ってしまった。   どれくらい眠ってしまっていたのだろうか。気が付くと、電車は見知らぬ駅に止まっていてドアが開いていた。時計はちょうど昼の12時を指していた。  駅の駅名表示看板には「京急油壺」と書いてあり、左の上り方面は三崎口、逆側の右方面は何も書いてなくて、この駅が終着駅だと分かった。  平日昼の油壺駅は、ビジネスマンも学生も観光客も少なく人影も疎らで、周りの木々が風に吹かれてサラサラ揺れる音と小鳥のさえずりが聞こえる程度で閑散としていた。  ホームに沿って端から端まで植えられた桜の木が見ごたえのある桜並木になっていて、満開を少し過ぎた桜は風が吹く度に桜吹雪となって舞っていた。  春彦は、会社に戻る為、精算に改札口に向かった。  改札口からは椰子の木の並木道や駅前バスターミナル、タクシー乗り場、喫茶店などが見えた。  精算をしようと駅員に声を掛ける直前、椰子の木の陰から聞き覚えの有る声が聞こえた。  「春彦さん、お久しぶり。せっかく油壺まで来たのだから、マリンパークとか遊びに行こうよ。」  恋人の、幸子の声だ。幸子とは大学時代のサークルで知り合い、お互い社会人になっても交際が続いていた。お互い、大阪の会社に勤めたが、一足早く幸子の方が神奈川の会社に転勤になっていた。仕事が忙しくて最近は会っていなかった。  「なんで、幸子がここにいるんだ?」
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