第4章 狂い桜のリビングデッド

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 壊れたラジオから聞こえてくる放送のように“思い出”が再生される。ぶつ切りの会話だ。 「アンタんところの野菜は買わん。呪われてるって客が嫌がるんや」 「そこを何とか! これが売れないと村は……」 「アンタんとこの村、怪しげな噂がたってるんやろ。いい加減、村出たらどうや」 「……そんなことできません!」  緊迫した声で食い下がる男性の声は生まれてから何度も何度も聞いてきたものだ。 「お父さん、大丈夫?」 「ああ、心配する必要は何もあらへん」 「でも……」 「大丈夫や。努力を続けてれば、いつかは必ず叶うもんや。お父さんは諦めん。だから、お前も頑張るんやで」  大きな、大きな手が頭の上にそっと乗せられたのを覚えている。暖かくて、心地がよくて、その手に撫でられるだけで幸福な気分になった。 「うん」 「いつか夢を叶えて。お前は素敵な女性になるんやで」  そして、その思い出の中の男性は彼女の名を呼んだ。 「愛里――」 ――――  晩秋のキャンパスは色付いた葉に鮮やかに彩られていた。  どこまでも続いていそうな突き抜けた青空には雲ひとつない。先日の雨の忘れ物のような水溜まりが鏡のように蒼穹を映し出している。  水溜まりに黄色く色付いた銀杏の葉が着水し、鏡面と化した水面を穏やかに揺らした。空の青色と銀杏の黄色が互いに互いの美しさを引き立たせているようだ。ただ揺れるだけの水面――きらびやかな装飾などなくとも美しい。これが和の心、わび・さびというやつだろうか。 「秋も終わりですねえ」 「寒くなりましたねえ」  還暦を迎えた老人の井戸端会議のような会話に思わず颯太はくすりと笑った。  福豊颯太、21歳。東央大学農学部の4年生。須藤教授が運営する研究室(通称・須藤研)に今年度から在籍している男子学生だ。 「もうすぐ冬ですね……」  いい意味でも悪い意味でも前代未聞となった歴史的な学祭のことも皆、いつの間にか話題にしなくなり、キャンパスはいつも通りの平穏を取り戻していた。 「ですねえ」  こうして憧れの先輩と一緒に秋色に染まった平和な構内をそぞろ歩くのも悪くない、と、颯太は隣を歩く可憐な先輩を横目で眺めながらそんなことを考える。  彼女は神楽坂愛里、22歳。東央大学の農学研究科修士1年生。
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