第4章 狂い桜のリビングデッド

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 茶色のボブカットのヘアスタイルは彼女のトレードマークでもある厚縁眼鏡とよくマッチしている。まるで今日の空と銀杏の葉のように相性がいい。  線が細く、肌も白く、一見しただけではか弱い深窓の令嬢のようにも見えなくもないが、実際のところは朝から晩までストイックに実験をこなすタフな一面も持ち合わせている。  そして何といっても驚かされるのが彼女の推理力と行動力だ。彼女は自らの信念に基づいて数々の事件を解決してきた。噂によれば警察機関も彼女を引き入れようと狙っているとかいないとか。  とにかく、ただの真面目な学生にしか見えない彼女には他の人間とは違う強さを秘めている。今、ののほほんと空を見上げる彼女からは想像もつかないのだが。 「空の青に銀杏の黄色ってどうしてこんなに映えるんでしょうね」  愛里の目線を追って、颯太はそう言った。自分と愛里の相性がこの青と黄色のように良ければいいのに、と願いながら。 「それは青と黄色が色相環において正反対――いわゆる補色の関係にあるからでしょう。補色同士の色合わせは自然界に存在する美しいものの中に多く見られるそうです」 「……そうですか」  愛里にかかれば、わび・さびも色彩学の話になってしまう。 「質問なんですけど、神楽坂さんって夏祭りとかで花火を見たらどんなことを考えるんですか」 「何ですかいきなり」 「赤い花火なら硝酸ストロンチウム、緑なら炭酸バリウム、青なら硫酸銅の炎色反応だー、なんて思うんですか」 「思いませんよ」 「そうですよね。さすがに……」 「エネルギースペクトルよりも、どちらかというと花火の放物軌道やドップラー効果、レイリー散乱のことを考えますかね」  颯太は溜め息をついた。愛里の答えは颯太の予想の斜め上だったからだ。 「……神楽坂さんって、いつから“そんな感じ”なんですか」 「溜め息交じりに言われると何だかむかつきますね」 「いや、将来、神楽坂さんがノーベル賞取ったら絶対聞かれますよ。いつから科学に興味を持ち始めたのかって」 「さあ、いつでしょうね。小学生くらいの時から知的好奇心旺盛でよく勉強していましたよ」  愛里は人差し指を顎の下に添えて少し考えてからそう言った。 「さすが“図書館に行ったら12割の確率で勉強している神楽坂さんに会える”と言われていただけあります。今も昔も変わりませんね」
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