第4章 狂い桜のリビングデッド

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 笹島先生とは、颯太達が所属する研究室、須藤研の助教である笹島誠治のことである。短く刈り揃えられた口髭がトレードマークの気のいい男性で、面倒見がよく、実験のみならず、愛里の推理のために力を貸してくれたりもする。 「ああ、そういえばそんなこと言っていましたね」 「はい、笹島先生がまだ院生だった頃にバイトでここに来たことがあったそうです」  確か、笹島は比久羅間のことを“自然豊かで生態系も人の手がほとんど加わってなくてね。のどかな村だったよ”と述べていた。 「何のバイトだったんですか」 「環境アセスメントの補助だそうです」  写真を再び表に戻してしげしげとレインコートの集団を見つめる。 「じゃあこの中に笹島先生が……?」 「そうなりますね」  環境アセスメント(環境影響評価)とは、大規模な開発事業などを実施する際に、あらかじめその事業が環境に与える影響を予測・評価し、その内容について、住民や関係自治体などの意見を聴くと共に専門的立場からその内容を審査することにより、事業の実施において適正な環境配慮がなされるようにするための一連の手続きをいう。  環境アセスメントはかなり大規模な調査になることもあり、人手も必要になる。そんなときに、ある程度の専門知識を持ったバイトとして理系の大学生等を雇うこともあるのだ。恐らく笹島もそうだったのだろう。 「なぜ、比久羅間で環境アセスメントが……」  ふと、結城が教えてくれた溝内の言葉が思い出される。“比久羅間の闇”。そして、環境アセスメント。 「そもそもこのアルバムは……」  写真を元に戻し、パラパラとアルバムのページをめくる。どのページも比久羅間山が写し出されており、中には桜を写したものも多くあった。 「あ、この桜、秋に咲いてる」  もともと比久羅間山の桜は狂い咲きで有名だったようだ。桜が紅葉の中でピンクの花を咲かしている写真が数枚、収められていた。  アルバムの表紙には『高嶺桜の生態』と銘打(だいう)ってあるのだった。 「先生に連絡を取りましょう」  言うが早いか愛里は公民館の無人の受付デスクに置いてある黒電話に駆け寄り、回転ダイヤルを回し始めた。どうやら、笹島の携帯に直接かけているようだ。電話はすぐに繋がった。 「あっ、笹島先生ですか。お疲れ様です、神楽坂です。……はい。はい。あの、少々お尋ねしたいことがあるのですが」
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