第4章 狂い桜のリビングデッド

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 圭太が首をかしげた。 「圭太は昔、山で腐葉土を見た、と言いましたよね。湯気が出ているのも見たと」 「おお、言ったな」 「それから、比久羅間山に登る死者の列も見たような記憶がある、と。あと、桜の木の死者の声も勘違いとはいえ、聞いたことがあった」 「ああ」 「食べ物の呪いのことも当然、知っていましたよね。農薬の話です」 「……」  愛里が言っているのは先程聞いた比久羅間産の野菜の風評被害のことだろう。確かに、愛里の幼馴染みで農家ならば当然、農薬残留事件のことは知っているだろう。 「食べ物の呪いと農薬残留は関係なくないですか。時代が全然違います」  颯太が疑問を口にしたが、愛里はそれを手で制した。 「私は関係があると思っています。余所者が比久羅間の食べ物を口にすると呪われる。比久羅間産の野菜で村の外部の人間が食中毒を起こす。圭太も当然気付いていましたよね。このふたつの同一性に」  愛里は不思議に思っていた。  圭太は愛里が過去の農薬混入事件とそれに伴う風評被害を嫌っていた。当然、愛里にそれを類推させるような発言は慎むだろう。食べ物の呪いの話をしたら愛里を傷付けてしまう。  圭太はそんなことをするような男ではない。  なのに、食べ物の呪いの話で颯太をからかい、七不思議の話題へと繋げていった。  なぜ、そんなことをした? 「この古書がここに寄贈されたのはごく最近、そうも言っていましたね」 「何だよさっきから。尋問か?」 「実は、血泣き地蔵の存在も知っていたんではないですか。やけに詳しいですもんね。この村でかつて起きた飢饉の話とか」 「飢饉の話は割と有名だと思うぞ。お前は興味なかったから知らなかっただけだ」  圭太はだんだんと落ち着きを失ってきたようだ。愛里は落ち着いて質問をしているが、こうも質問攻めにされては動揺もするだろう。何より、相手は愛里だ。 「神楽坂さん……どうしたんですか」  レイアが不安げに愛里と圭太を見比べている。 「違うなら違うと言ってください」  愛里は眼鏡を指で押し上げてからこう尋ねた。 「圭太、この七不思議はあなたが作ったんじゃないですか」  沈黙が下りた。  シン、という無音が耳に痛いくらいの沈黙だった。まるで時が止まってしまったかのよう。誰も微動だにしない。  だが、圭太の瞳だけは揺れ動いていた。  そして、彼はにっと笑った。 「さすが愛里だな」
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