第4章 狂い桜のリビングデッド

83/100
前へ
/100ページ
次へ
「そして、もしこの計画が進めば、当然、村人たちは立ち退きを迫られます」 「なぜ……?」 「この村全体が水没するからですよ」 「なっ……!」  比久羅間村が水没する。ダム建設に付き物の問題と言っても過言ではないだろう。  立ち退き料が払われるといっても、ダムを建てるから村から出て行ってください、という文言においそれと従う者は多くないだろう。  ダム建設の際の反対運動の原因のひとつがこれだ。  溝内の言う比久羅間の闇とはこのことなのかもしれない。 「当時の比久羅間にはまだ人が多くいました。それでは、立ち退き料が跳ね上がり、ダム事業どころではない。そこで、とある秘策を思い付いた人物がいたんでしょう」 「秘策……?」  結城が尋ねる。 「結城さんもご存じなのではないですか。比久羅間村産の野菜の農薬混入事件のことを」 「ああ、知っているよ。当時はメディアにも取り上げられたからね」 「あの事件が原因で比久羅間の農業は立ち行かなくなり、人口が激減します。ダム建設推進派にとっては都合のいいことに」 「まさか……」 「そのまさかです。努力して生み出した産物をダムのために踏みにじった人物がいたかもしれません」  農薬事件の犯人はまだ捕まっていない。ただ、状況的に村人の犯行が疑われていた。 「犯人の目論み通り、人口は減り、ダム建設に1歩近付いた。ところが、ひとつ大きな問題が生じたんです」 「桜……」  颯太は呟いた。 「その通りです。環境アセスメントの結果、あろうことか比久羅間山の桜が天然懸念物指定を受けてしまったのです。狂い咲きが多かったことや村唯一の桜であったことも影響したのでしょう。天然記念物が原因でダム計画は中断されたんです」 「どういうことだ?」  圭太が声を上げた。 「佐賀県にも似たような事例があります。県の天然記念物“小川内(おがわち)の杉”。五ケ山(ごかやま)ダム建設のため、その杉の生えている場所は水没してしまうことになっていました。ですが、天然記念物を水没させるわけにはいかず、ダム計画はストップしていたのです」  つい最近、8億円近くかけて杉の移植が行われたらしい。 「比久羅間も同じです。“高嶺の桜”はダム施工のために邪魔な位置にあったのでしょう」
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

174人が本棚に入れています
本棚に追加