第4章 狂い桜のリビングデッド

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 結城は愛里の推理に口を挟む。そうだ。  伝助を見かけたのは重度の認知症患者だった。 「それに碓氷氏の格好は綺麗なスーツ姿だったようだよ。氏がいつも着ているスーツ。血など着いていなかったそうだ。氏の周辺を調べさせてもらった結果判明したことだが、あれは特注のスーツ。この世にふたつとないものだそうだよ」  Densuke Usuiという名前入りのスーツ。彼がいつも身に着けているものだ。  だが、そのスーツは血塗れになっていた。それは愛里の撮った写真からも明らかだ。 「ですが私は、その証言はすべて正しいと考えます」 「おいおい……血塗れ死体を見たといったのは君だろう? それとも君の撮った写真は偽物かい」 「……布団用クリーナー」 「は?」 「同じですよ。血の涙を流す地蔵と。七不思議を記した古書を劣化させた手段と」 「どういうことだい?」  愛里は結城の押収した本を指差す。 「カロテノイド、という物質を知っていますか」 「うん。確かニンジンとかトマトに入っている……」 「そうです。ニンジンにはβカロテンという物質が、トマトにはリコピンという物質が含まれています。どちらもカロテノイドの一種であり、ニンジンやトマトの赤の元となっています」  カロテノイドは黄、橙、赤色などを示す天然色素の一群である。微生物、動物、植物などからこれまで750種類以上のカロテノイドが同定されている。  一部のカロテノイドは栄養素としても期待されており、愛里や颯太の所属する研究室でも盛んに研究がおこなわれている。 「カロテノイドを液体に溶くと当然、赤色の液体となります」 「え……まさか」  赤色の液体。今の状況でそう聞いて思い浮かぶものはただひとつだけだ。  それは、血。  地蔵が流していた血の涙。あれは食紅か何かで偽装された血だった。 「カロテノイドは非常に光に弱い物質です。光に曝(さら)しておくと、すぐに褪色してしまいます」  色の褪色。先程も聞いた話だ。 「私は実験でクリーンベンチをよく使います。癌細胞を育てるためです。癌細胞はとてもデリケートですので、他の細菌等が混ざらないようにクリーンベンチは常に清潔にしておく必要があります。そのため、クリーンベンチは未使用時、常に紫外線ランプを照射しています」 「紫外線……」  紫外線は光の中でもかなり大きなエネルギーを持っている。
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