第1章

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佐々木健一は転職した都合で、東京の郊外のワンルームマンションに引っ越して来た。築20年の古い物件だったが、家賃を抑えるための選択だった。 健一の部屋は302号室、端から2軒目だった。まだ若い独身の健一は残業が多く、帰宅は深夜になることが多かった。 深夜に疲れた体を引きずって帰って来ると、隣の301号室から男女が激しく罵り合う声が聞こえてきた。それが一度や二度ではなかった。毎日のようにケンカが続いた。管理人に相談すると、今までに何度も警察沙汰になっているということだった。おかげで健一は睡眠不足になり、心療内科に通い、誘眠剤をもらうはめになった。 それから、3ヶ月ほど経った頃、隣の301号室の男女の罵り合いがパタッと止んだ。 健一は、 おおかた、女が嫌気がさして出て行ったのだろう。 と思った。 丁度その頃から、マンションに不思議な事が起こるようになった。深夜、帰宅した健一が寝入った頃になると、ベランダのほうから気味の悪い鳴き声が聞こえて来るのだ。 最初は気にせずに布団を頭から被って寝ていたが、あまり毎日続くので、ある夜、ベットから出て、あえて灯りはつけないまま、カーテンをわずかに開けて外を覗いて見た。 すると、鳴き声は隣の301号室のベランダから聞こえてくるようだった。 健一は静かに戸を開けると、301号室のベランダとの境にある仕切りのわずかな隙間から覗いて見た。 そこには真っ黒な鶴のように大きな鳥がいた。眼は闇の中に赤く光り、黒い羽を震わせて、 キエーッ キエーッ と気味悪く鳴いた。健一が今までに見たことも無い鳥だった。 健一は何事も無かったように静かに戸を閉めると、 むかし、子供の頃、本で見た、妖怪陰摩羅鬼(おんもらき)に違いない。おんもらきは死体のあるところに生まれるはずだが… そう思った。 それから数日後の日曜の昼間、健一は、それとなくベランダから隣の301号室のベランダを覗いた。健一の部屋とは反対側のベランダの仕切りの前にいつ入れたのか、大型の冷凍庫が置いてあった。おんもらきが鳴いていたのは、丁度その冷凍庫の上あたりだった。 その時、全く突然に戸が開いて、隣に住む男性がベランダに出て来た。男性はベランダの仕切りのわずかな隙間から健一と目が合うと、 「覗くな!」 そう言うと、力任せに拳で仕切りを叩いた。 「すみません。」 健一が謝ると男性はそれ以上何も言わなかった。
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