第1章

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「次の方、どうぞ」 ドアが開いている場合は、ノックする必要なし。 「失礼します」 いつもより1.5倍の微笑みと声量でご挨拶。でも、余計だった。右手のひらを相手に向けて「ハ~イ」のポーズは。 「 お名前は」 これ間違えたら、確実に落ちるな。 「河岸優一と申します」 ここでツッこまれたら、親を恨むしかない。 「では最初の質問ですが、この会社を選んだ理由は」 きたきた、この質問には幾つもバリエーション持ってるよ。 「え~っと」 でも、いざ本番になると、下を向く癖は治らない。っていうか、今、数十、数百と出したエントリーシートのどの会社にいるかさえわからない。 「御社の社風に惹かれて」 ありきたりの回答をここまで胸張って言える自分を褒めてやりたい。 「では、将来のビジョンを聞かせてください」 ビジョンったって、今、何の会社に来てるか考え中の者に対して、その質問は酷すぎるだろ。 「しょ、将来は」 やばい、焦りが手のひらの汗を伝って、震えが止まらない足元を余計に寒くしている。 「ん?」 面接官に急かされているのが手に取るようにわかる。昔、運動会の時もこうだった。周りに体型だけで、足が速いと決めつけられて。痩せ型でも足が遅いやつもいるって、堂々と見せつけてやったあの日。 「どうしたの?」 最後に四方八方から怒号が飛び交ったあの日。あの日あの時、味方は誰一人としていなかった。そんな追い討ちをかけられてる。 「私、いや、わたくしは人のためになりたい。人から頼りにされる、そんな人間になりたいです」 将来のビジョンが頼りになる人間なんて。ただのお人好しじゃないか。向かって右の面接官は、すでに次の奴の履歴書に目を通してスタンバイしてるし、左は、ただじっと俺を見てそうで、やっぱ見てるし。 「じゃ、僕から質問。良いですか」 こんな若造の面接も、一応仕事だしって、顔に太字で書いている右の面接官の質問だ。こっちも、嫌です、とは言えないので、とりあえず頷いておこう。 「あなたは今日、ここまでどのような交通機関を使って来たのですか?」 “好きな果物何ですか“的な、一応聞いておこうという、時間稼ぎの質問。そりゃ答えるけど、他の奴の履歴書を見ながら言われても。 「朝起きて、多摩川沿いを歩きまして。そこから発するパワーをもらって。ま、ちょっと夏は匂うんですけど」
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