運命

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   滋賀通運株式会社社長室。  革のソファで向かい合った。丸坊主の大男。高田 博隆(たかだ ひろたか)は、両手に持った蛍光灯の光が反射する水晶玉を覗いて、難しい顔をしていた。   「どうだね。私の未来は?」  私は滋賀通運株式会社の社長に40年も座していた。今では眼だけは鋭いが、白髪で皺の多い顔だ。若い頃は茶色が目立つ長髪で、高身長だった。  女にモテて高級車を乗り回していた。  それが今では、腰が曲がりそうで腹もでていた。  私はテレビにもでている有名な占い師の高田に未来を占ってもらっていた。  どうしても、この座を誰にも渡したくなかったのだが、最近になって年のせいか、言い知れぬ不安が白い靄のように脳内に広がっていた。 「知らないほうがいい運命というものがあります」 「私は知りたいのだよ。どうしても」 「知ると不幸になりますよ」 「それでも、どうしても知りたいのだ」  高田は水晶玉から目線を私の胸に持って行った。  私は首を傾げたが、自分の胸には何もないのを知っている。   「いつか、あなたは胸を病んで。全財産も地位も何もかも失うでしょう」 「なんだって?!」    私は大声を張り上げていた。  今の地位どころか全財産も? 「運命には逆らうとろくなことはありません。ですから、運命がどんな事でも忠実に従った方がよいのです。でも、努力は捨てずに」  そう言うと、高田は水晶玉を懐に仕舞いソファから立ち上がった。  私は見えないハンマーで殴られた感覚を覚える。  高田が帰ってしまうと、私は自らの胸を見つめていた。  どうして私がこんな人生を送らなければならないのだ?  私は誰も成し遂げられない偉業をしている大企業の社長だぞ。 「そんな運命なんて! 信じられるか!」  私は高田の言葉を信じないことにした。  もし、本当に運命だったとしても、全力で戦う。勝って見せる。    次の日から私は人間ドック。健康食。生活アドバイザー。月800万円で雇った専属医師。自宅にサウナとトレーニングジムを作り。毎日6キロのジョギングで心臓を鍛えた。  タバコを止め。会社の喫煙室は全て撤廃した。部下にもタバコを止めさせ。来客にも目を光らせた。 「絶対に胸の病になんかならないぞ!」  私は叫んだ。  都内では肺炎が流行っていた。  私は肺炎の死亡率を新聞で読んで、真っ青になった。
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