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しかし、たとえそんな動機だったとしても、見舞いに来てもらうのは悪くなかった。初対面だというのに、僕と彼女はずっと話していられる古い友人のような関係だ。思うように進まない治療やリハビリ生活の中で、上野ミコトとの会話は一つの気晴らしであり、救いだった。
「ねぇ、夜中の病院って幽霊出るの?」
「さぁ、僕は見たことないけど。幽霊とかUFOとか、神様とか信じてないしな」
「えー? 信じてないの? 私、天使には会ったことあるよ。自分で天使って言ってた。だからきっと幽霊もいるよ」
自称天使に会ったことのあるという上野さんは、どこか悲しそうにそう言って微笑んだ。
・・・・・・
車椅子生活にも慣れた頃、ふと思い立って一人で散策に出ることにした。散策といっても病院の外に出るわけではない。上野さんがやって来る前に、中庭や普段通らない場所を見て回るだけだ。
早速病室を出て、廊下を進む。人の往来はあまりない。早く家に帰りたいものだ。そういえば上野さんはどこに住んでいるのだろう。この辺の人だろうから、連絡先位聞いておかなければならない。
そう考えたとき、廊下の奥に上野さんの姿が見えた。どうやら電話中らしく、携帯電話を耳に当てている。僕には気づいていない。彼女は深刻な表情で何度か相槌を打つと、こちらに背を向ける形で壁に寄りかかった。あんな深刻な顔は見たことがない。何かあったのだろうか。
静かに彼女に車椅子を近づける。盗み聞きをしようというわけではない。電話が終わったら、すぐに声をかけたいと思ったのだ。ここまで助けてもらったのだから、もし困った状況にあると言うのなら、今度は僕が何かをしてあげたい。
距離が縮まり、上野さんの声が聞こえるようになった。
「……いいの、彼の命が助かったんだからね」
彼とは、誰のことだろうか。考えてみれば、見ず知らずの僕に毎日見舞いに来るのは不自然だ。とすると、僕は誰かのついでだったのか。
勝手に落胆していると、上野さんは作ったような明るい声で続けた。
「大丈夫。ケンヤはちゃんと忘れてるよ。私は上野ミコトとして、峰村ケンヤに付き添うから」
峰村ケンヤは、僕だ。
唐突に自分の名前が出て困惑している間にも、上野ミコトの会話は終わらない。
「だってケンヤ、本当に忘れているんだよ。上野ミコトのこと。忘れてもらわなきゃ困るのは私だけどさ。忘れてもらえてよかったよ」
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