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「はは、おやじに似ているって、よく言われますよ。父は去年、病気で亡くなりましたけどね。Sさんも母親似じゃないのですか。最初、見かけた時、びっくりしました。小学校に入ったばかりでしたけど、Sさんのお母さんの顔はなんとなく覚えていますし、それに、父は、写真をずっと持っていたのですよ。」
「ええ、私も、母親によく似ていると言われてきました。」
「どうです。奇遇のついでに、ちょっと昔話でもしませんか。あ、昔話の前に今の話をしなければなりませんね。」
彼はQ社に努めていると言った。私のいるR社とは全く関係がないわけではない業種だ。
城ケ島大橋近くの喫茶店に入ると、彼は鞄から古い写真をとりだして見せてくれた。子どもの頃のおぼろげな記憶が写真の像に置き換わっていく。思ったとおり、彼は父親似だった。そして若いころの母の写真は、私の知っている他のどんな写真よりも明るく綺麗にとれていた。感慨深そうに母の写真をみている私に彼は言った。
「父は昨年病気で亡くなりました。この写真を、初めて見たのは、実は父が亡くなる少し前なのです。なんかずっと父に悪いことをしたような気がして、それで見たくなかったものですから。」
「悪いことって、いったい何が。」
「覚えていないのですか。」
「ええ、本当にまだ小さかったものですから、あの展望台くらいしか覚えていなくて。」
「そうだった。Sさんはまだ4歳くらいだったから、しかたないですね。こっちは小学校に入っていたので、ずっとよく覚えていますよ。」
彼は話を始めた。いくら思い出そうとしても想い出せないあの5月の日の記憶がパズルを埋めるように完成していく。
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