第3章 磯の記憶

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 夏の盛りの日、もう一度、城ケ島公園に行ってみた。暑さのせいか、人気は少なく、展望台の手すりによりかかって、海を眺めていた。夏の太陽は海の上にも同じ影を写し、その海の上の太陽は粉々の光の針になって、目を突き刺すようだった。誰かが展望台の階段を上ってくる。私はふとあの男性のような気がした。はたしてそうだった。一瞬、目が合い、彼は驚いたように私の顔をみつめた。私は気まずそうにそそくさと階段を降り、下の道路を急いで歩き始めた。コンクリートの上に短い影が躍った。 時間は流れ、日々の雑務が一段落した頃の初秋の休日、再び城ケ島公園に行ってみた。展望台に登ってみると、疲れたような日差しにつつまれ、穏やかに静まっている海が見えた。はるか向こうを大きな船がゆっくりと進んでいくのがみえる。最初は島だと思ったほどの大きな船…。ふと首筋のあたりに視線を感じてふりかえると、あの男性がこちらをみていた。眼があっても、向こうは視線をそらさず、私もそのタイミングを失った。それで、しかたなく、ぎこちなく笑いながら、「よくお会いしますね」と言った。時間が急速に遡り、私が若いころの母に、この男性がおじさんになったような気が一瞬した。男性は近寄ってきて、「よくお会いしますね。お近くにお住まいなのですか」と聞く。「いえ、近くに住んでいるというわけではないのですけど。でも、ここは、本当に小さいころの想い出の場所なので。変ですよね。こんなのって。」  「変じゃないですよ。誰にだってそういう場所ってあるのではないですか。」  「でも、いいところですよね。何もない一日にしてしまうよりも、こうして海をみている方がどれだけいいか。」
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