第3章 磯の記憶

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名前も知らない行きずりの人だけれども、一瞬、ずっと前から知っている人のような気がした。あの日の想い出をあらいざらいしゃべってみたいという気すらした。ただやはり最後は警戒心が勝った。しゃべりすぎたという苦い後悔をこめて、「では」と言って男性に会釈し、そのまま展望台の階段を降りて、島の先端にある第二展望台の方に向かう。首筋のあたりに感じていた視線はしだいに遠ざかる。男性が遠くになるにつれ、心の中ではしだいに彼の姿が大きくなっていった。島のはずれにある第二展望台から安房岬灯台、そしてその先にひろがる太平洋を眺めながら、なんとはなしに、あの男性のことを考えていた。それは、幼い日にただ一度だけあったおじさんの姿に重なり、若い日の母の姿が自分に重なっていった。真面目にひっそりと生きてきた母の人生の中で、一番輝いていたかもしれないあの日。夏を過ぎた海のきらめきは優しく、そのきらめきの向こうには大島の島影が見えた。
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