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(6)
家族――。
絵笑子にそう言われ、桜は改めて実感が湧いた。
――あの、母と過ごした部屋に、もう戻ることはないんだ。
それに、幸生くんと過ごした、あの学舎にも。
二人で通った映画館も。
「だから、これからは何も遠慮なんかしないで、ね」
絵笑子は桜にそう告げたが、あえてそれを言うことが、絵笑子自身が桜に気遣いをしているということでもあった。
早く、そんなことを断らなくてもいいような関係になれればいい。
桜は思った。
けれど、
そんなふうになれるときが、来るのだろうか。
* * *
「あの、絵笑子さん――あたし片付け、手伝いますね」
昼食が済むと、桜はシンクで食器を洗おうとしている絵笑子に進言した。
「いいのよ。きょうはまだ“お客さん”なんだから。明日からそうしてね」
「でも――」
躊躇う桜を絵笑子は遮り、言葉を重ねた。
「それよりも、お部屋の荷解きしないとね。泰秀さん、案内してあげて」
と、泰秀を促した。泰秀は「そうだな」と言って桜を呼び寄せた。
「桜、こっちにおいで。もう家具は部屋に入れてあるよ」
そう言われ、桜はキッチンを後にした。
桜に気を使わせないための、絵笑子の心遣いの裏返しだった。
* * *
与えられた部屋の説明をひと通り桜にすると、泰秀は
「じゃあ、あとはできるよね。何か手が要るようならあっちの部屋にお父さん居るから呼ぶんだよ」
と言いドアを閉め出ていった。
「うん」
桜は父の背中に相槌を打つと、大きくひと呼吸して、
「よしっ。やるかっ」
と、己を鼓舞し腕捲りして段ボールを解き始めた。
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