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(1)
「明日から学校だよ。――うん、だいじょうぶ」
3学期の始業式を控えた夜、桜は幸生とアプリの無料通話機能を使って話をした。
離れてからも毎日何度もLINEでメッセージのやりとりはしていたが、今夜はどうしても声を聞きたくなり、桜のほうから“○時にかけるから”と事前に約束をした。
「そっか。新しい学校、早く慣れるといいね」
「うん」
と返事はしたものの、そのじつ桜の心中は不安でいっぱいだった。
転入の手続きで学校を訪れてはいたが、やはりじっさいに生徒たちが場所に飛び込むのでは心持ちが違う。
新しい学舎は桜をどう迎えてくれるのか。それを考えると気は晴れなかった。
* * *
「どうした? 聞いてる? 桜」
「――あぁごめんね、ちょっとぼんやりしちゃってた」
一瞬、上の空で幸生の声を聞いていたことに気付き、桜は返事をして誤魔化した。
けれど、幸生はお見通しだったようだ。
「もう、眠い? ここんとこずっと気を張ってただろうから、もう休んだほうがいいかな」
「ううん、へーき。まだ大丈夫」
ホントは眠かったわけではない。
明日から訪れる日々を思うと、心が沈んでしまうのだ。
新しい環境への期待なんかほとんどない。
何よりも、傍に幸生がいない――
それが、どうしようもなく、寂しかった。
――会いたいよ。
いっしょにいたいよ、幸生くん――
桜は、体の芯から湧き出る言葉を必死で喉の手前で圧し止めていた。
気がつけば、かなり長い時間電話を続けてしまっていた。
そろそろ終いにしないと、幸生も迷惑するだろう。
桜は後ろ髪引かれる思いで言葉を吐いた。
「いろいろありがと。――もう遅くなっちゃったし、そろそろ切らないと、ね」
「――また、いつでも大丈夫だから、話そうな」
「うん――おやすみ」
通話を切り、寝床に潜り込んだ後も、桜の心のモヤモヤは消えることはなかった。
不安を全身で抱いて桜は夜を過ごした。
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