#3 マイ・フェア・レディ

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(2)  新しい学校での生活が始まったものの、1月が終わろうとしても桜はまだまだ馴染めなかった。  2月になればあっという間に期末試験の季節になる。  馴れない雰囲気と併せ、前の学校とは授業の進みも違う。  友人を作る気持ちの余裕もない。いまは勉強に付いていくだけでせいいっぱいだった。  元より内向的だった性格が、輪をかけて桜を孤独にさせた。 「困ったことがあったら、何でも遠慮しないで相談してね」  と、自らの責任感からか女子のクラス委員だけは頻繁に声をかけてくれたが、かえって気を使い困憊するだけだった。  話し相手もない桜にとって、幸生との電話やLINEでのやりとりだけが安らぎだった。桜は今の時代に生きていることを感謝した。  だが、幸生とて始終桜に付き合うわけにもいかない。彼もまた、三学期の時間割に追われる高校一年生だ。  学校の課題に追われ、桜との連絡が滞ることもあった。     そんなときは、気を紛らせるため、部屋の整理を進めた。  父の持ち物の中から、積み上げたCDの山の上に無造作に置かれているディスクを発見したのは、そんな最中のことだった。 「あ、これ……」  と、銀色の円盤を見た桜は思わず呟いた。  “Les Parapluies de Cherbourg”とタイトルの書かれた盤面。  母の葬儀のときに、わざわざ父が持参したあのCDそのものだった。  桜はプレーヤーにそれを差し込むと、釦をプッシュし、再生させた。  スローテンポの悲しげなヴォーカルが部屋を満たす。  音楽に包まれながら、いつかあの名画座に貼ってあったポスターをメモリから呼び起こし、まだ観ぬ映画のシーンを空想した。  桜は、部屋の整理のたびにまるでテーマソングのようにこのCDをかけ聴き入るようになった。
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