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待ちくたびれかけた頃、父は終電を過ぎて帰宅した。
玄関のドアが解錠される少し前に、外で車の停まる音が聞こえたので、たぶんタクシーで帰ってきたのだろう。
寝静まった家の中を乱さないように、始終音を立てずに気遣う足音が廊下を通り過ぎるのを桜は布団の中で聴いていた。
父が風呂から上がるのを待って、桜はそっと部屋を出た。
ダイニングでビールを開けている父が気配に気付き振り返った。
「どうした? 桜」
「遅かったね、今日は」
「うん――年度末も近いし、片付けなきゃなんないのが溜まってるからね」
父が適当に誂えた肴を桜に差し出し「桜もいるか?」と声をかける。
桜は黙って首を振り、
「太っちゃうよ」
と応える。
父は皿を黙って卓に戻すと、ふたたびビールの缶に口を近づける。ごくり、と喉を炭酸が通る音が静かなダイニングに響く。ポリポリと豆を齧るリズムが桜の耳に届く。
父の気を引くように、桜は半歩程前に寄ると、また話しかけた。
「――あのね」
桜は提げていた本を胸の前に掲げ、父に問うた。
「お父さん――これ、お母さんの本、だよね」
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