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「どこにあったの? それ」
桜の掌の中のものを凝視しながら、泰秀が呟いた。
即座に桜がそれに応えた。
「あたしの部屋の本の山の中」
「そっか……」
答えると、桜はその単行本を卓の上に置いた。
泰秀は晩酌の手を止め、本の表紙をまじまじと眺めた。
父のリアクションは何かを物憂うように桜には見えた。
そっと頁を捲りながら、父が桜に問う。
「読んだの?」
桜がこくりと頷く。
「お父さんは?」
少しの間を置いて、桜の質問に父が微かに首を上下させた。
「でも……いつの間にか、どこかに紛れ込んじゃって」
酒が回りほんのり赤ら顔になった父が、独り言のように呟いた。
「それは……お母さんがボクに貸してくれたんだ。自分が大好きな本だって、ね」
アルコールのせいだったのだろうか。今夜の父は妙に饒舌で、訊かれるともなく素直に語り始めた。
「桜の感想は? おもしろかった?」
「うん。すごく」
桜は即答した。
父がビールを一口飲んで、続ける。
「ボクはあんまり漫画は読まないけれど……SF漫画で、こんなに凄いのがあるのか、ってビックリしたのを憶えてるなあ。日本の漫画って、すごいよ」
すごいすごい、と父は繰り返した。
桜は黙って聴いていたが、その通りだと思った。
暫く頁を繰っていた父が本を閉じ、表紙を大切そうに撫でて語った。
「ずぅっと探してたんだけどなあ。瑞江さん――母さんと別々になるときに、返さなくちゃと思ったんだけど、見つからなくて。見てのとおり、整頓が下手だからね、ボクは」
父の独り言ちに桜の口が即座に返した。
「うん。そう思う」
「娘のお前に言われるくらいじゃ、救いがないなぁ」
そう応えながら、泰秀はハハハ、と笑った。
「そっか。あったのか。そんなとこに」
改めて、しみじみと噛み締めるように父は言葉を重ねた。
父の目には涙が浮いているように、桜には見えた。
「この本、あたし、もらっても、いいかな」
一瞬娘のほうを見た後、瞳を閉じて父はゆっくりと頷いた。
父はテーブルにあるそれを持ち上げると、娘に差し出した。
バトンを手渡されるように娘はしっかりと父から本を受け取った。
「そのほうが、瑞江さんも嬉しいだろうね」
「うん。あたしなら、ぜったい失くしたりしないから」
ばつの悪そうに桜の眼を見詰め、父が頷いた。
「大切にしよう、な」
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