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新幹線を降りると、荻野桜は携帯で父に連絡を入れた。
2コール目ですぐに泰秀が電話に出た。
「あぁお父さん? うん、いま着いた。――うん、ホームにいるよ」
泰秀の指示した改札口へと向かう。
改札の向こうに手を振る父の姿が見えた。
「迷わなかったかい? ちゃんと席もわかった?」
桜がキャリーケースを引き摺りながら近づいて行くと、泰秀はやたらと心配そうな表情でまくしたてた。
「へーきだって。桜はもう高校生なんだよ、お父さん」
半ば呆れ顔で父をいなす。泰秀にとっては、桜は別れた頃の幼いままのイメージなのだろう。
「そうは言ってもなあ……」と父はまだ不安そうだ。
桜は苦笑した。
「そんな、電車に乗るくらいで心配してたら、これから保たないよぉ」
泰秀は納得してない様子だったが、桜は構わずにわざとキャリーをふらふらと動かしてみせた。
「で? お父さんの車、どこ?」
* * *
泰秀は桜へ事前に「駅まで迎えに行く」と伝えていた。
本来なら新幹線を降りて更に在来線に乗り換えるのだが、その最寄駅ではなく、新幹線の停車駅を桜の出迎えに選んだ。父親としては不慣れな地元を移動させるのが気がかりだったのかもしれない。だが、それもまた娘にとっては要らぬ心配だと思った。
けれど、これから久々に父娘として過ごすことを思えば、家で黙って待っていられなかったのかもしれない。
不安と、期待。
案外、父も“ひとの親”なんだな、と桜は可笑しな感想を抱いた。
父の車のトランクにキャリーを放り込み、桜が後部座席に着くと、泰秀がシフトを『D』に入れゆっくりと発進させた。
「さ、行こうか」
「うん」
車は駅のパーキングから国道へと出て、流れに合流した。
速度が巡行を保つと、ハイブリッドの動力がモーターへと切り替わり、エンジン音が静かになった。風を切る音が車内に聞こえる。
スイスイと走り抜けるウィンドウの風景を眺め、桜は心を引き締めた。
――来たよ、お母さん。幸生くん。
どうか、桜を見守っていてね。
桜の新生活が、これから始まる。
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