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数分ほど家々の間を抜けていくと、進行方向に緑の集まりが見えてきた。
かなりの広さのある公園だ。
車が近づいてゆくと、木々の間から石垣が垣間見えた。
ところどころ堀の名残らしき蹟もある。
天守閣も何も残ってはいないが、確かに城跡だと判る。
古城公園と呼ばれたこの場所は、桜にも記憶があった。
幼い頃、毎年の夏休みには、一家は父の実家へ帰省していた。
そのときに、この公園でよく遊んだものだった。
捕虫網を振り、掴まえたミンミンゼミの透明な翅の記憶が、桜の脳裏に蘇った。
「なつかしいなぁ……」
「憶えてるのか?」
「うん。なんとなく。ここ、おばあちゃん家の近くだったよね」
桜の生まれた頃には、もう祖父はいなかったはずだ。
伴侶に先立たれた祖母が家を守ってきたが、その祖母が亡くなったのは、父と母が離婚した頃だった。
どちらのイベントが先だったのかは、桜の中ではもう記憶が曖昧だ。
「もう、あの家も処分してしまったからなあ」
「広い家だったよね。中庭があって」
この辺りの古い家は、中庭を設けているものが多い。
現在はそれほどではないが、かつてこの地方は雪深い土地だった。
中庭は、屋根から降ろした雪を置く場所を必要とした、この地ならではの造りだった。
公園を後方へ追いやりながら、道路は古い街並の合間を縫うように抜けていく。
どことなく、鄙びた感も思わせる落ち着いた景観。
窓外の風景を眺めながら、裏日本という陰気な呼び方もある意味理解できるな、と桜は考えていた。
前方に続く景色の間から、黒く光る大きな顔が覗き見えた。
桜が思わず声を上げる。
「あ、あれ――」
低い木造家屋の瓦の波の向こうに、円環を背にした珍しい姿の大仏が聳え立っている。
父がルームミラー越しに娘に声をかけた。
「だいぶっつぁんだよ」
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