#1 クォ・ヴァディス

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    *   *   *  ‘だいぶっつぁん’から車で程ない距離のマンションに、父は車を停めた。 「ここが、桜の新しい家だよ」  小綺麗だが、真新しくもない外観。  父はどれくらい長くここに住んでいるのだろう。桜はそんなことを考えた。  父に促され、地下の駐車場からエレベーターに乗る。  指定した階で扉が開き、泰秀が娘を先導してマンションの廊下を歩く。 「さ、ここだよ」  泰秀がひとつの部屋のドアの前に立ち、ポケットから鍵を取り出し鍵穴を回した。  一瞬、桜の全身が緊張する。 ――ここが、新しい家……   お父さんの暮らしてた、場所。  ドアを開け、父が「ただいま」と室内に向け声をかけた。  桜も泰秀の後に付いて玄関に入る。泰秀の家庭の匂いが桜の鼻腔をふわりとくすぐった。  これまで暮らしていた母とは明らかに違う匂いと、芳香。  土間には泰秀のものとは明らかに違う、細身の靴が並ぶ。  桜が玄関先の風景を観察していると、置くのほうから「はぁい」と声がかかり、  未知らぬ女性が廊下に出てきて父と娘を迎え入れた。 「こんにちは……桜さん、ね」 「……はい」  事前に父から聞いてはいたが、顔を合わせるのは初めてだった。  女性は、 「初めまして、桜さん――絵笑子(えみこ)です」  と自己紹介して、ゆっくりとお辞儀をした。  父の同居人・首藤絵笑子(すどう・えみこ)を、このとき桜は初めて見たのだった。
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