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‘だいぶっつぁん’から車で程ない距離のマンションに、父は車を停めた。
「ここが、桜の新しい家だよ」
小綺麗だが、真新しくもない外観。
父はどれくらい長くここに住んでいるのだろう。桜はそんなことを考えた。
父に促され、地下の駐車場からエレベーターに乗る。
指定した階で扉が開き、泰秀が娘を先導してマンションの廊下を歩く。
「さ、ここだよ」
泰秀がひとつの部屋のドアの前に立ち、ポケットから鍵を取り出し鍵穴を回した。
一瞬、桜の全身が緊張する。
――ここが、新しい家……
お父さんの暮らしてた、場所。
ドアを開け、父が「ただいま」と室内に向け声をかけた。
桜も泰秀の後に付いて玄関に入る。泰秀の家庭の匂いが桜の鼻腔をふわりとくすぐった。
これまで暮らしていた母とは明らかに違う匂いと、芳香。
土間には泰秀のものとは明らかに違う、細身の靴が並ぶ。
桜が玄関先の風景を観察していると、置くのほうから「はぁい」と声がかかり、
未知らぬ女性が廊下に出てきて父と娘を迎え入れた。
「こんにちは……桜さん、ね」
「……はい」
事前に父から聞いてはいたが、顔を合わせるのは初めてだった。
女性は、
「初めまして、桜さん――絵笑子です」
と自己紹介して、ゆっくりとお辞儀をした。
父の同居人・首藤絵笑子を、このとき桜は初めて見たのだった。
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