0人が本棚に入れています
本棚に追加
/81ページ
(5)
「あの……私の顔に、何かついてます?」
余りにまじまじと見詰める桜の視線に戸惑い、頬を片手で覆いながら思わず絵笑子は応えた。
「あっ……ご・ごめんなさいっ」
凝視していた目線を絵笑子の顔から逸らし、桜は瞳を泳がせた。
廊下の清楚なホワイトクリームの壁と、塵ひとつない板の間が桜の視界に入った。
「――そうよね。泰秀さん――あなたのお父さんと一緒に暮らしてる人が、どんな女性か、気になるわよねぇ」
「あっっ……け・決してそういうわけ・じゃ……」
桜がふたたび顔を上げると、絵笑子と瞳が合った。名前どおりの、穏やかな微笑を携えた表情が桜の心を掴まえた。
「だいじょうぶよ。気にしてても仕方ないものね」
「……ごめんなさい」
年の頃は、父よりは3、4歳若いくらいだろうか。
でも、母――瑞江よりは年上に見える。
穏やかで落ち着いた物腰は、生活臭さを感じさせず、清廉そのものだが、同時に成熟した大人の色香を漂わせている。
この女性と比べたら、SFマンガの主人公にお熱を上げていた母・瑞江はなんとも乙女チックで無邪気に思えた。
――お父さんは、こんな女性が好みなのか。
桜は絵笑子の姿を観てそんな値踏みをしていた。
泰秀は娘と伴侶との対峙を邪魔しないように気を使ったのか、そそくさと奥へと引っ込んでしまっていた。
放任した上で、まずは二人でこの家での互いの立場を確認しろ、ということか。
サル山のサルみたいだな、と桜は思った。
自分は新参者のメス猿か。ボス猿のメスに認められ仲間に加わるための、これは試練。
いつまでも玄関先で棒立ちしている桜を見兼ね、絵笑子が声をかけた。
「さ、長旅で疲れたでしょ桜ちゃん。お腹も減ったでしょ? ちょうどお昼一緒に食べようと待ってたのよ。どうぞ入って」
「あ、ハイ」
促され靴を脱ぎ、桜は絵笑子に付いて入っていった。
数歩進んだところで「あ」と思い出すと、抱えていたバッグから包みに入った箱を取り出し、絵笑子を呼び止めた。
「あっあのっ。……これ、地元の和菓子、ですっ」
差し出された菓子折に目を留めると、絵笑子は「あらあら」と顔を綻ばせ、
「そんなに気を使うことないのに」と笑って差し出された箱を受け取った。
改めて桜の瞳を見据え、絵笑子が告げた。
「これからは家族なのよ、私たち」
最初のコメントを投稿しよう!