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犬小屋
縁あって犬を飼うことになった。だが、これまで生き物など飼ったことがないので、まるで勝手が判らない。
長年飼い続けている友人にあれこれ聞き、必要な品を揃える手伝いもしてもらった。
その時に犬小屋をもらった。
愛犬家のツテで譲ってもらったという犬小屋は、中古だがまだ充分綺麗で傷みもない。
気に入ったのでありがたく使わせてもらうことにした。
だが、設置した犬小屋に我が家の愛犬が入らない。
匂いが残っているから警戒しているんだろうと言われ、いっそう掃除をし、俺が普段使っているタオルや、仮宿のダンボールに敷いていた布、はてはダンボール自体を切って小屋に入れ、馴染むように環境を整えたが、それでも小屋には入らない。
いったい何が不満なのかと、途方にくれていたある夜、俺は理由を目撃した。
夜中に目が覚め、犬の様子が気になって、小屋を置いたリビングに行った。
驚かかさないようにと、電気をつけずに様子を窺う。
小屋から対角線上の壁際に犬はいた。
俺が来たことには気づいてないようだが、こんな時間だというのに眠りもせず、立ち上がって一点を見ている。
犬の視線の先にあるのはあの犬小屋だ。
その入口周りに、入れてやったタオルやらダンボールやらが全部引きずり出されていた。代わりに何かが犬小屋に入っている。
よく見えなくてリビングに踏み込むと、その何かが犬小屋から出て来た。
暗がりの中にぼんやりと輪郭が浮かぶ。そいつが俺の方を向いた。
ワン!
その瞬間、俺は、ウチの犬が小屋に入らない理由を理解した。
後日、あの犬小屋を用立てくれた友人に聞いた話では、あの小屋は、二人暮らしの老夫婦の家で飼われていた犬のものだったそうだ。
けれど老夫婦が相次いで亡くなり、よそに引き取られた犬も、程なく老夫婦の後を追うように死んでしまったそうだ。
犬小屋は、老夫婦が亡くなる寸前に、それまで使っていたものが老朽化したために買い替えられた、犬にとっては最後の贈り物だったらしい。
そんなに大切な物だったのか。それじゃあ他の犬が使うのは許せないだろう。
ウチに小屋が来たのも縁だと思い、我が家の愛犬には新しく小屋を買い与え、もらった犬小屋はその隣に置くことにした。
二つ並んだ小さな犬小屋。そこでウチのが寝ている隣で、たまに、同じように眠る見知らぬ犬の姿を見る。
犬小屋…完
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