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「何でもないよ……着替えるね。家まで送るから」
「はい……」
洗面所に行く椎名さんの後姿に申し訳なさが増す。やはりシングルのベッドに二人は狭かったのだろう。もしかしたら私はいびきをかいていたのかもしれない。寝返りも打てないのに私は熟睡でさぞ寝辛かっただろう。
「本当にありがとうございました」
家の近くまで車で送ってもらいお礼を言う。
「夏帆ちゃんが元気になってよかった」
「椎名さんのおかげです」
最後まで椎名さんは優しく笑う。
「じゃあまた。気をつけてね」
「はい」
「連絡待ってる」
私は小さく頷く。
椎名さんがまた私と会いたいと言ってくれて幸福感で満たされる。
思わず首元に手を当てた。修一さんに付けられた痣が消えたら、私は椎名さんにちゃんと気持ちを伝えようと思う。
◇◇◇◇◇
今日の俺はすこぶる機嫌が良い。
老人ホームに置いている鉢のメンテナンスをしていたら入所者のお婆ちゃんに饅頭をもらい、ケーキ屋の植え込み作業をしていたら余ったケーキをもらえた。
でも理由はそれだけではない。
白い肌に赤い傷をつけられ、乱れた服と泣き腫らした目を見たときはどうにかなりそうなほど怒りがこみ上げたけれど、俺の腕の中で抵抗することも拒否することもしないでいてくれた夏帆を想って機嫌が良い。
理性を保つのに必死で一睡もしていないのに夏帆の寝顔を思い出すと眠気など吹き飛んだ。
今まで女のことでここまで一喜一憂したことなどなかったのに、今までにないほど振り回されている。それが堪らなく心地良い。
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