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「でも、椎名さんになら毎日お弁当作れるかもしれないですよ」
可愛く見せようと少し首をかしげて俺を見た。そんな技は俺には意味がないのに。
「いえ、結構です」
「は?」
遠慮なくはっきりと言い捨てる。この女は男の前では良い顔をして自分を偽る。プライドが傷つくことを許さない。
横山を振ったくせに、その後付き合いだした夏帆の方が横山の理想と近いことが気に入らない。
こういうタイプの女は穏便に距離をおいた方がいいかもしれない。関わらない方が身のためだ。
「作ってくれる子はいますので」
まだ食べ続けている宇佐見は置いていく。待っている義理はない。俺は伝票を持って立ち上がった。
「それは北川さんのことですか?」
俺を睨み付けるように見上げて質問する宇佐見は無視した。
「ここの支払いは俺がしますので」
そう言うと背を向けてレジまで歩き出した。
「どうしてあの子ばっかり……」
宇佐見の恨みを含んだ呟きには答えることも振り向くこともしなかった。
◇◇◇◇◇
修一さんと別れてから特に変わったことはなく、数日たっても変な噂が立つことはなかった。修一さんも積極的に言いふらすことはないだろうし、私たちが何かを言わなければ問題なく仕事ができそうだ。
少しずつ『雑用係』なんて不名誉な呼ばれ方を変えていこう。まずは私がしっかりと自分の仕事に自信を持たなきゃ。
もう自然と首元に手を当てる習慣がついてしまった。
修一さんに付けられたキスマークは薄くなって今ではほとんどわからない。彼にも全く未練はない。
今の私の頭の中は椎名さんのことでいっぱいだ。
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