あなたが恋に落ちるまで

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「うん」 「大手企業に勤めて華やかに見えるかもしれないけど、苦労してきたんだから」 「うん。そうじゃないかなって思ってた」 「ほんとに? 本気じゃないならほっといてあげてね」 友人の彼女は俺が以前から女と適当な付き合い方をしていることは知っている。本当は今日俺を呼びたくはなかったはず。俺がいると女の子のテンションが上がるなんていうのは友人が盛っただけだろう。 「大丈夫」 今度の俺は本気だから。 彼女はしばらく黙っていたけれど「またいつでも聞いてね」と言って通話が切れた。 数時間前まで恋愛はしばらくいいと思っていたけれど、北川夏帆には本気なんだ。今までの俺からは考えられないくらいに。 さて、明日俺は休みだけど出勤するか。古明橋エリアに担当を変えてもらうよう頼み込まなければ。 ◇◇◇◇◇ 絵を描くことに興味が出てきたのは高校の美術の時間に初めて油絵を描いたときだった。今まで興味があったわけでもないのに、油絵は描けば描くほど絵が形を変え、キャンバスの中の世界が変わる楽しさを知った。 高校を卒業して美術専門学校に進学した。好きというだけで将来に繋がるとは考えていなかったけど、油絵以外にも版画や水彩画など創作は楽しかった。 専門学校に通い始めて1年たった頃、父が病気で倒れた。そしてそのまま亡くなった。 生前の父の入院費や生活費を稼ぐために母はパートを3つ掛け持ちして働いていた。元々裕福な家庭ではなかったから貯金もなく、妹の進学も控えて家計は火の車だった。
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